#1
『プライムニュース イブニング』で
キャスターを務める入社6年目の
木村拓也アナウンサーにインタビュー!
木村拓也(きむら たくや)アナウンサー
1990年8月1日生まれ。秋田県と茨城県で育つ。法政大学卒業後の2013年4月フジテレビに入社。大学時代は浅草で人力車の車夫をしており、月間売り上げ1位、延長率1位などの記録を樹立。担当番組は『プライムニュース イブニング』、ボクシング、バレーボールの実況など。趣味は、愛犬カイとの散歩。モットーは、「大切なのは“視点”の数」。
吉崎典子(よしざき のりこ)さん
元フジテレビアナウンサー、総合事業局イベント事業センターライツ事業部プロデューサー。東京都出身。東京学芸大学卒業後、1984年にフジテレビ入社。『おはよう!ナイスデイ』『FNNスーパータイム』『報道2001』『FNNスーパーニュース』などを担当。名前の「典子」から“テンコさん”の愛称で人気に。2017年から「アナトレ」の専任講師を務めている。趣味は観劇、特技は利き酒。
『みんなのニュース』(2016年4月~2018年3月)のお天気コーナー「上を向いて歩こう!」で、全国各地からお天気中継をし、お茶の間の人気者となった木村拓也アナウンサーにインタビュー! 聞き手は、元フジテレビアナウンサーで、現在はフジテレビ「アナトレ」の専任講師を務める吉崎典子さん。前編では、アナウンサーについて、後編では、木村さんも出身で今では講師も務める「アナトレ」についてうかがいました。
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アナウンサーは天職だと思っています。
上手い下手は別ですけど(笑)
吉崎
まず、アナウンサーになろうと思ったきっかけを教えていただけますか?
木村 改めて考えるとふたつあるんですけど、ひとつは、小さい頃から『めざましテレビ』を見て育ってきて、小学生の時も朝5時25分に起きて見ていたくらい、本当に好きだったので、将来アナウンサーとして携わることができたらいいなと思っていたこと。もうひとつは、人前で話すのが好きだったので、漠然と何かを伝えるという仕事に思い入れがあった、ということです。
吉崎 本気になったのはいつ頃ですか?
木村 大学1年から卒業まで、浅草で人力車を引くアルバイトをしていましたが、一期一会の出会いの中で、改めて人前で話をすること、人の話を聞くことが好きなんだな、と感じまして。そこでアナウンサーという仕事に強い思い入れを深めたというのが大きな要因です。
吉崎 なるほど。今、人力車の話が出ましたが、もうあなたが入ってきた時は、名前のインパクトもさることながら、さらに「人力車夫が入って来たぞ」というね(笑)。印象の強い新人でした。
木村 先輩からも「キムラタクヤが入ってくる。で、人力車を引いてる。どこをツッコめばいいかわからない」と言われました(笑)。でも確かに、名前のインパクトと人力車の話は、就職活動で面接官の食いつきが良かったです。
木村 改めて考えるとふたつあるんですけど、ひとつは、小さい頃から『めざましテレビ』を見て育ってきて、小学生の時も朝5時25分に起きて見ていたくらい、本当に好きだったので、将来アナウンサーとして携わることができたらいいなと思っていたこと。もうひとつは、人前で話すのが好きだったので、漠然と何かを伝えるという仕事に思い入れがあった、ということです。
吉崎 本気になったのはいつ頃ですか?
木村 大学1年から卒業まで、浅草で人力車を引くアルバイトをしていましたが、一期一会の出会いの中で、改めて人前で話をすること、人の話を聞くことが好きなんだな、と感じまして。そこでアナウンサーという仕事に強い思い入れを深めたというのが大きな要因です。
吉崎 なるほど。今、人力車の話が出ましたが、もうあなたが入ってきた時は、名前のインパクトもさることながら、さらに「人力車夫が入って来たぞ」というね(笑)。印象の強い新人でした。
木村 先輩からも「キムラタクヤが入ってくる。で、人力車を引いてる。どこをツッコめばいいかわからない」と言われました(笑)。でも確かに、名前のインパクトと人力車の話は、就職活動で面接官の食いつきが良かったです。
吉崎
「人力車の~」と覚えていただけるものね。人力車のことを少しうかがいたいのですが、何か記録を作られていますよね?
木村 売り上げや延長率で1位になりました。当時は20歳以上じゃないと車夫にはなれなかったのですが、どうしてもやりたくて19歳の時に「面接だけでも」とお願いして。お客さんと向き合うのが楽しくて、目の前のお客さんにどうしたら満足してもらえるんだろうっていうのを自分なりに突き詰めていったら、という感じです。
吉崎 老若男女いろいろなお客さまがいらっしゃって、話題もそれぞれだと思いますが、そこはどんな工夫をしたのですか?
木村 お客さんによって、話をしたい方、話を聞くことで満足する方、何も話さずに景色を見て満足する方…と、どういうお客さんなのかなということをコミュニケーションを取りながら判断するようにしていました。
吉崎 一生懸命アルバイトをして人力車を引っ張ってきたことが、そのまま、(お天気コーナーながら人力車を引いて話題となった)「上を向いて歩こう!」にも生きてきたわけですね。
木村 気づいたらまた引いていたという(笑)。アナウンサーになってなかったら、そのまま人力車を引き続けるという選択肢もありましたが、一応学生時代の4年間で区切りをつけたつもりだったので。今、入社6年目ですけど、アナウンサーとしての僕を一番作ってくれたのは、間違いなくあのコーナーですし、視聴者のみなさんと近い距離で、みなさんの笑顔とともに中継するという、とても貴重な機会をいただいたなと思っています。
吉崎 あのコーナーは、見るたびにお客さん(ギャラリー)が増えていくという、すごい現象でしたものね。
木村 すごかったですね。中継の合間には、いろんな方と話をすることができました。当初は「たくやー」とスタジオから呼びかけられる形で中継がスタートしていたんですけど、それをマネてか子どもたちが、「たくやさぁ」と話しかけてきてくれたり(笑)。そんなアナウンサーってなかなかいないんじゃないかと思って。
吉崎 そうですよ。お天気中継の時に心がけていたのは、どんなことですか?
木村 スタッフとは、「日本一平和なコーナーにしよう」と話していました。平和っていろいろあると思うんですけど、僕らは“視聴者の笑顔”を一番大事にしようと。報道番組なので、難しいニュース、悲しいニュース、事件や事故とかいろいろあるけれど、このコーナーだけは見たらホッとする、朗らかな時間にしたいと話していたので、必ず笑顔が映っていたと思います。
吉崎 本当にみんなニコニコ手を振って楽しそうだったですよね。
木村 売り上げや延長率で1位になりました。当時は20歳以上じゃないと車夫にはなれなかったのですが、どうしてもやりたくて19歳の時に「面接だけでも」とお願いして。お客さんと向き合うのが楽しくて、目の前のお客さんにどうしたら満足してもらえるんだろうっていうのを自分なりに突き詰めていったら、という感じです。
吉崎 老若男女いろいろなお客さまがいらっしゃって、話題もそれぞれだと思いますが、そこはどんな工夫をしたのですか?
木村 お客さんによって、話をしたい方、話を聞くことで満足する方、何も話さずに景色を見て満足する方…と、どういうお客さんなのかなということをコミュニケーションを取りながら判断するようにしていました。
吉崎 一生懸命アルバイトをして人力車を引っ張ってきたことが、そのまま、(お天気コーナーながら人力車を引いて話題となった)「上を向いて歩こう!」にも生きてきたわけですね。
木村 気づいたらまた引いていたという(笑)。アナウンサーになってなかったら、そのまま人力車を引き続けるという選択肢もありましたが、一応学生時代の4年間で区切りをつけたつもりだったので。今、入社6年目ですけど、アナウンサーとしての僕を一番作ってくれたのは、間違いなくあのコーナーですし、視聴者のみなさんと近い距離で、みなさんの笑顔とともに中継するという、とても貴重な機会をいただいたなと思っています。
吉崎 あのコーナーは、見るたびにお客さん(ギャラリー)が増えていくという、すごい現象でしたものね。
木村 すごかったですね。中継の合間には、いろんな方と話をすることができました。当初は「たくやー」とスタジオから呼びかけられる形で中継がスタートしていたんですけど、それをマネてか子どもたちが、「たくやさぁ」と話しかけてきてくれたり(笑)。そんなアナウンサーってなかなかいないんじゃないかと思って。
吉崎 そうですよ。お天気中継の時に心がけていたのは、どんなことですか?
木村 スタッフとは、「日本一平和なコーナーにしよう」と話していました。平和っていろいろあると思うんですけど、僕らは“視聴者の笑顔”を一番大事にしようと。報道番組なので、難しいニュース、悲しいニュース、事件や事故とかいろいろあるけれど、このコーナーだけは見たらホッとする、朗らかな時間にしたいと話していたので、必ず笑顔が映っていたと思います。
吉崎 本当にみんなニコニコ手を振って楽しそうだったですよね。
木村
テレビの原点といいますか。それに本当にいろんな方に応援していただいて。いただいたお手紙とかは、今でも大切にしています。
吉崎 気持ちを込めて書いてくださったものだから。
木村 中継の中で泣いてしまったことも何度もありました。でも、そういう出会いや、いただいたお手紙なんかは、自分が原点に戻りたいと思った時に、読み返すようにしています。
吉崎 今後はどんな仕事をしていきたいと考えていますか?
木村 その人が思っていることを深堀りして聞いていくような、ゆっくりと話を聞ける番組、インタビューの企画などに挑戦したいと思っています。
吉崎 そういえば先日、『プライムニュース イブニング』で木村拓哉さんにインタビューしていましたね。
木村 はい。人生で一番緊張しました。カメラが回ってないところで木村さんは「人力車の企画、毎日大変だなと思って見てたよ」って言ってくださって。同じ名前ということもあって、僕にとっては特別な存在なので、本当にうれしかったです。
吉崎 私も、「これは貴重なVTRだ」と思って拝見しました。
木村 緊張で「今日は木村拓哉さんと長澤まさみさんに、私、“木村拓也さん”がお話をうかがいます」と言ってしまったり。そこでも木村さんに「大丈夫だよ」とフォローしていただいて。
吉崎 でも、ご自身の名前を変えたいと思ったこともあったそうですね?
木村 親に頭を下げて「名前を変えさせてください」って言ったこともありました。野球選手にも木村拓也さんがいて、そちらでも比較されることがあって。でも今は、この名前だからこそ、いろんな感情を経験できたと思っています。
吉崎 アナウンサーとして、今後の目標は?
木村 今担当している『プライムニュース イブニング』で、2年半ぶりにスタジオのキャスターになったんですけど、毎日、四苦八苦しておりまして。まずはスタジオをしっかり進行し、スタジオからみなさんに、よりわかりやすく丁寧に伝えること、をしなければ、と思っています。あとは画面上から少しでも人間味が伝わって、親しみを持ってもらえるアナウンサーになりたいですね。
吉崎 入社して6年。今は楽しく仕事をしていますか?
木村 楽しくてしょうがないですね。アナウンサーは天職だと思っています。上手い下手は別ですけど(笑)。どんな番組を担当することになっても、スタッフ、視聴者と、人と関わることは絶対にある。それがある限り、僕は楽しくできると感じています。
吉崎 気持ちを込めて書いてくださったものだから。
木村 中継の中で泣いてしまったことも何度もありました。でも、そういう出会いや、いただいたお手紙なんかは、自分が原点に戻りたいと思った時に、読み返すようにしています。
吉崎 今後はどんな仕事をしていきたいと考えていますか?
木村 その人が思っていることを深堀りして聞いていくような、ゆっくりと話を聞ける番組、インタビューの企画などに挑戦したいと思っています。
吉崎 そういえば先日、『プライムニュース イブニング』で木村拓哉さんにインタビューしていましたね。
木村 はい。人生で一番緊張しました。カメラが回ってないところで木村さんは「人力車の企画、毎日大変だなと思って見てたよ」って言ってくださって。同じ名前ということもあって、僕にとっては特別な存在なので、本当にうれしかったです。
吉崎 私も、「これは貴重なVTRだ」と思って拝見しました。
木村 緊張で「今日は木村拓哉さんと長澤まさみさんに、私、“木村拓也さん”がお話をうかがいます」と言ってしまったり。そこでも木村さんに「大丈夫だよ」とフォローしていただいて。
吉崎 でも、ご自身の名前を変えたいと思ったこともあったそうですね?
木村 親に頭を下げて「名前を変えさせてください」って言ったこともありました。野球選手にも木村拓也さんがいて、そちらでも比較されることがあって。でも今は、この名前だからこそ、いろんな感情を経験できたと思っています。
吉崎 アナウンサーとして、今後の目標は?
木村 今担当している『プライムニュース イブニング』で、2年半ぶりにスタジオのキャスターになったんですけど、毎日、四苦八苦しておりまして。まずはスタジオをしっかり進行し、スタジオからみなさんに、よりわかりやすく丁寧に伝えること、をしなければ、と思っています。あとは画面上から少しでも人間味が伝わって、親しみを持ってもらえるアナウンサーになりたいですね。
吉崎 入社して6年。今は楽しく仕事をしていますか?
木村 楽しくてしょうがないですね。アナウンサーは天職だと思っています。上手い下手は別ですけど(笑)。どんな番組を担当することになっても、スタッフ、視聴者と、人と関わることは絶対にある。それがある限り、僕は楽しくできると感じています。
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取材・文 鈴木知子
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