誰も知らない「大ヒット曲の秘密」SP2

超人気アーティスト本人が秘話を激白!! Part1


【社会現象を巻き起こした女子高生シンガーの意外すぎるルーツとは!?】
一度聴いたら忘れられないメロディーと、挑発的な歌詞が今や社会現象にまでなっている、Adoさんが歌う「うっせぇわ」。
リリース当時 若干17歳の女子高生で、顔出しNGのAdoさんにこの熱狂ぶりについて聞いてみると…
「ヒットしたらいいな!とは思っていたのですが、まさか本当にそうなるとは思ってもみませんでした。本当に夢のようです。」
と、あの過激な歌詞を歌った人とは思えないぐらい謙虚!


そんなAdoさんですが、小学生の頃は、周りの子と趣味が合わず…いつも一人ぼっちだったそう。
多くの子がアイドルなどにハマっている中、彼女が夢中になっていたのは、いわゆる「歌ってみた」動画!
アマチュアの一般人が、ヒットソングをカバーして動画配信サイトにアップしたもの。


その後、中学生になると、見るだけではなく自分自身も歌って配信してみることに!
そんな彼女が曲を録音する場所として選んだのが…なんと自室のクローゼット!
なぜクローゼットで録音したのか?
ご本人に聞いてみると…
「防音に良さそうだと思って、クローゼットで録音し始めました。でも、正直効果があったのかはわかりません。」
そう、多くのチャートを席巻している日本一有名な女子高生シンガーは、わずか1畳のスタジオから生まれたのです。


【日本中をバズらせた超人気ラッパーの大ヒット曲は イヤイヤ始めた曲作りの産物だった!?】


福岡在住のラッパーRin音さんの「snow jam」。
3年前、19歳の頃から地元で音楽活動を開始した彼ですが、まだ大学生だった昨年2月にこの曲をリリース。
すると、おしゃれでムードのあるメロディーと優しい声が若者の心を捉え、この曲をBGMにして、友達や恋人との思い出動画を投稿する人が続出。
10代を中心にまたたく間に話題となりました。
それまで彼の曲は多くて1万回ほどの再生回数でしたが、この曲の累計再生回数は昨年末、なんと1億回を突破!
さらに昨年の日本レコード大賞新人賞を受賞するなど、大ブレイクを果たしました!


そして、そんな地方在住の大学生を一躍注目の的としたこの曲にも、アンビリバボーな秘話が隠されていたのです!
その秘密を…Rin音さんご本人に伺いました!
それはRin音さんがまだ楽曲制作を始めていなかった3年前のこと。
ラッパーとして活動していた彼は、出場したラップバトルの大会で初めて勝利した特典として、単独でライブを行う権利を獲得。


しかし、1つ大きな問題が…実は、元々Rin音さんが好きだったのは、即興で相手と戦うラップバトル。
曲作りなど、ミュージシャン的な活動には全く興味がなかったそう!
ところが…
「ガンガン曲作ってる人とのバトルになると『お前曲作ってないのになんでバトルに出るんだよ』みたいな感じのことを言われるんですよ。だから仕方なく最初は『曲作るしかねえか』と思って。」


相手を攻撃し合うラップバトルの中で、オリジナル曲を持っていないという事実は格好の攻撃材料に。
そこでバトルで勝つため、そしてライブを成立させるために、仕方なく曲を作り始めたそうなんです!
しかし、実際に曲作りを始めると、徐々に作曲の面白さにも目覚め、ついに昨年「snow jam」で大ブレイク!
動機はどうあれ、Rin音さんが曲作りを初めてくれたおかげで、多くの人が幸せな気持ちになれたのは間違いありません!


【『仮』のはずが…!? 超人気アニソンの秘密!】
今から36年前。1人の若者が歌手を志し上京。
しかし、歌手としては鳴かず飛ばず。
バンド活動をしながら、アルバイトに明け暮れる日々でした…そんなある時、大人気漫画がアニメ化されることとなり、そのOP曲歌唱の依頼がきたのです!
これは大チャンス!…と思いきや、実はその依頼は制作中の曲を関係者や、本番の歌手に聴かせるために作る「仮歌」を歌ってほしいというもの。


しかし、それでも音楽の仕事がもらえるならと、彼は依頼を受け、やるからには!と、パワフルに全力で歌い上げました。
すると…「すごい迫力だ!」と、その歌声を聴いた関係者が大絶賛!
なんと、仮歌のレコーディング要員だった彼がそのまま本番の歌手としても起用されることになったのです!


そして放送が始まったアニメは、すぐに大人気番組となり、彼が歌ったオープニング曲も作品の顔として幅広く認知され、今や誰もが知る大ヒット曲となりました!
その曲こそ…国民的アニメ「ONE PIECE」、初代オープニング曲「ウィーアー!」。
そしてこの時仮歌を歌うだけだったはずが、そのままソロ歌手としてデビューしたのは…「ウィーアー!」をきっかけに、大人気アニメシンガーとなった、きただにひろしさん!


あれから22年、きただにさんは当時のことをこう振り返ります…
「奇跡って本当にあるんだなと感じました。昔も今も、どんな仕事でも一生懸命やることが大切なんだなって。」
誰でも知ってる名アニソン誕生の裏側には、夢を追った青年の『本気』が起こした奇跡があったのですっ!


【日本中が仰天したあの大ヒットソングは「大物のアドバイス」と「空耳」から生まれていた!】


今からおよそ26年前、そのロックバンドは苦境に立っていた。
地元のライブハウスで人気を博し、メジャーデビューを果たした…までは良かったのだが、デビューシングルはチャート圏外。
1stアルバムは、発売から数ヶ月で廃盤になるなど、数年間 鳴かず飛ばずの状態が続いていた。


そんなある日のこと、とある深夜の音楽番組に出演した際、当時ヒット作を連発していた音楽プロデューサー小室哲哉さんから、カメラが回っていない雑談中に言われた「ある言葉」が転機のきっかけとなった。
「ちょっと古いディスコ・スタイルのものをやってみたら?」
正直、当時はその言葉にピンときたわけではなかったが、稀代のヒットメーカーだった小室哲哉さんの言葉は、バンドのボーカリストだった男の心に残った。


その後、次のシングル曲を決める選曲会議に向けて曲作りを開始。
自分の中ではイマイチピンときていない、ディスコ調のダンスミュージックにも挑戦してみた。
しかし…ちょうどその頃、かつてライブハウスで凌ぎを削った戦友たちが次々とスターダムに駆け上がっていた。
スタンダードなバンドスタイルでも、売れている奴らは売れている。
率直に言ってこの頃、彼はブレにブレていた。


そして腹を括れないまま、次のシングル曲を決める選曲会議の日を迎える。
曲作りを担当していたボーカリストは、この日のために7曲のデモ音源を準備。
しかし…作ってきた曲はどれも良い反応を得られなかった。
すると、ボーカリストは…もう一曲あると、テープを差し出した。
それは、「おまけ」と仮タイトルが付けられた一曲だった。


実は、あの深夜番組で「少し古いディスコスタイルを」と小室哲哉さんに言われて思いついたものだった。
それは、アメリカで1970年台に流行した「KC&ザ・サンシャイン・バンド」の『That's The Way』などからインスピレーションを受けて作った曲だった。
だが…実はこの時点では、サビの一部分しかない状態で、文字通り「おまけ」というべき代物だった。


ところが、この曲にプロデューサーが太鼓判を押し、その場にいた全員も大絶賛。
サビの一部分しか完成していなかったにもかかわらず、次のシングルとして発売することに決定してしまったのだ!
こうして、曲を作った本人がいまいちピンとこないまま、その後レコーディングは進み、数ヶ月後、曲が完成。


そのバンドでは曲だけでなく、作詞も主に彼が手がけていたのだが、サビ部分の歌詞は以前、『That's The Way』を聴いていた時に、この曲のある部分がなぜか「日本語」に聞こえたことを思い出し、当てはめてみたものだった。
そして、ためしにサビに入れてみた空耳ワードが意外にしっくりきたため、その言葉を歌詞にも採用したという。


そんなこともあり、本人としては自信のある状態でリリースしたものでは全くなかった。
だが、曲が発売されると、元気が出るサウンドと、その空耳から生まれたインパクト抜群の歌詞で日本中が「彼らは何者だ」と騒然、大ヒットを記録した!
その曲こそ…そう、ウルフルズの『ガッツだぜ!!』
イマイチピンとこないままこの曲を作詞作曲した人物は、ボーカリストのトータス松本さん!
そして日本中に衝撃を与えた、タイトルの「ガッツだぜ」は、曲を作る前に『That's The Way』を聴いた時、トータスさんには「ガッツだぜ」と聞こえたことから、つけられたものだった。


ウルフルズは、その翌年に発売されたアルバム「バンザイ」でミリオンヒットを記録。
この曲を契機に日本を代表するアーティストの仲間入りを果たし、今年でデビューから29年、今も精力的に活動を続けている。
今や知らない人がいないほど、幅広い世代に愛されているこの曲は、「小室哲哉さんからのアドバイス」と『空耳』から誕生した「おまけ」の曲だったのだ!


答えられたら あなたも音楽通!!


【超人気デュオの大ヒット曲に偶然潜んでいたアンビリバボーな奇跡とは!?】


今から25年前、デビュー曲「アジアの純真」で突如として、国民的スターに躍り出たPUFFY。
彼女たちのプロデュースを手掛けたのは、アーティストの奥田民生さんでした。
そしてこの曲のヒットにより、ある企業からPUFFYの新曲をCMに使いたいというオファーがあり、出来上がったのが…セカンドシングル「これが私の生きる道」。
この曲は最終的に160万枚まで売り上げを伸ばし、PUFFY最大のヒット曲となりました。
そして…実はこの曲には「ある奇跡的な偶然」が秘められており、のちにCMを作ったスポンサー企業は、その奇跡に大喜びしたんだそう!
突然ですがここで問題です!
この曲に秘められた「奇跡的な偶然」で、大喜びした企業とはどこでしょう?


それでは正解です。
この曲とタイアップした企業とは…答えは資生堂!
しかも作詞を手がけた奥田民生さんによると
「「私」「生」「道」の漢字は、狙って入れたものではなく、たまたま付けたタイトルが偶然そうなっていました。」とのこと。
まさにアンビリバボーな奇跡が隠された大ヒット曲でした!


【父親の趣味のせいで冬のラブソングなのに、タイトルが「夏の風物詩」になってしまった大ヒット曲とは!?】


今から22年前、ある歌手が冬をテーマにしたラブソングを作ろうと楽曲を制作した。
だが、曲につけられたタイトルは、普通の人が見たらどう考えても夏をイメージしてしまうものだった。
実は、父親がハマっていた ある趣味のせいで、その歌手はそれが、夏の風物詩であることを知らず…むしろ冬のものであると勘違いしていたのだ!!


そのため、歌詞の内容も冬をイメージしたものなのだが…タイトルだけは、夏をイメージさせるミスマッチな楽曲になってしまったという!!
しかし、この曲が冬に発売されると、夏のイメージが強いタイトルにもかかわらず大ヒット! 誰もが知る名曲となった。
この曲、なんだかわかりますか?


その曲とは…aikoさんが歌う「カブトムシ」。
勘違いの元となった父親の趣味、それは…カブトムシの飼育!
実は幼少の頃から、aikoさんの実家は一年中、同じ室温で保たれており、カブトムシは冬でも活動していたのだ。


歌詞をよく聞くと…
「指先は凍える程冷たい」
「袖を風が過ぎるは秋中 そう 気がつけば真横を通る冬」
…と、確かに冬のことを歌っているのがわかる。
しかし、一番驚くべきことは、多くの人にその矛盾を気づかせないほどの名曲を作ったAikoさんの才能に他ならない。


【仮タイトルと仮の歌詞が酷すぎて、メンバーが理解できなかった大ヒットバラードとは!?】
そのグループはメジャーデビュー後、大ヒット作と呼べる楽曲には恵まれなかった。
そんな中、グループのリーダーが作ったある曲がアルバムの選曲協議にかけられるも…落選。
理由は…仮タイトルが『夢見るアカペラ人形』、そして肝心の歌いだしも「My Baby、優美ソウル」と、謎の歌詞だったから。
これは、他のメンバーに大不評だった!


こうして一旦はボツとなったこの曲だったが…曲を作ったリーダーはどうしても諦められず、それから3年後、改めて歌詞をつけ直し、再びグループ内で発表すると、3年前とは打って変わって大好評!
元々アルバム用にと考えていたのだが、シングルとしてリリースする事に!


すると、20年前にリリースされたその曲は、そのグループとして初めてオリコントップ3入りを果たし、今もグループの最高セールスを記録。
同じ曲で年末には紅白歌合戦にも出場した。
仮タイトル「夢見るアカペラ人形」を修正して出来たこの曲、なんだかわかりますか?


それでは正解です。
それは…ゴスペラーズの「ひとり」。
日本のアカペラシングルで史上最高のセールスを記録したこの名曲、元になった『夢みるアカペラ人形』について、曲を作った村上てつやさんに伺うと…
「自分では最高だと思ってたんで、悲しかったですよ。その時(仮タイトルを披露した時)は、当然メンバーとスタッフぐらいしかいないんですけど、たかだか10人くらいの中でもウケないと、世界でひとりぼっちみたいな気持ちになっちゃいますよね。苦しかったです。」
もし、仮タイトルや仮の歌詞のまま発売していたら、誰も知らない曲で終わっていたかもしれない。


【あの有名すぎるドラマ主題歌は、苦し紛れのアイデアから生まれたものだった!?】


今から25年前のある日、ドラマの主題歌制作を依頼されていたそのアーティストは悩んでいた。
理由は、依頼された曲のサビの部分の歌詞がどうしても思いつかなかったのだ。
もともとそのアーティストは、歌詞より先にメロディーを作るタイプ。
そのため、メロディーは先に完成していたのだが、後から取り掛かった作詞に難航。
サビの1フレーズが、どうしても思い付かなかったのだ。


だが、刻々と締め切りは迫ってくる。
そして…とうとうやってきた締め切りの当日になっても、納得のいく歌詞は出てこなかった。
しかし、何か言葉をつけなければならない…そこでそのアーティストは苦肉の策としてアンビリバボーな手段に出た!
それは…思い浮かばなかった空白部分を「ラララ」で埋めてしまったのだ!
もちろんこれは、アーティスト本人としても超不本意な結末。
はっきり言えば、本人の中では最後までこの曲は完成していなかったのだ。


ところが…曲を聞いたドラマの担当者やレコード会社のスタッフは、なんと未完成のこの曲を手放しの大絶賛!
修正されることもなく、ドラマの主題歌として採用すると、そのままCDとして発売してしまったのだ!
こうして世に出た曲は、ドラマの人気も相まって、リリース直後から爆発的なセールスを記録し、やがてミリオンセラーとなる大ヒットソングとなったのだ!
さあ、あるアーティストの苦し紛れのアイデアから生まれた、大ヒット曲なんだか分かりますか?


それでは正解です。
締め切りに間に合わず苦し紛れのアイデアから生まれた大ヒット曲、それは…久保田利伸さんの『LA・LA・LA LOVE SONG』!
そしてこの曲といえば、最高視聴率36.7%を記録し社会現象にもなったドラマ『ロングバケーション』の主題歌。


そして、彼が悩んでいたのは最終的にはタイトルにも採用され、この曲を象徴する歌詞である、『ラララ』の部分。
実は久保田さんは作詞中、ずっとここに言葉を当てはめる予定だったというのだ。
そのため曲が爆発的にヒットした後も「本当は完成していないんだけどな」と妙な罪悪感を抱え続けていたのだという。
しかし、当時このCDを買って、この『LA・LA・LA』の部分こそ最高だと思っていた人も多いのではないだろうか。
久保田さんといえば、その卓越した歌唱力と独創的な曲作りから、「Japanese R&B 」のパイオニアとも呼ばれ、リスペクトされているレジェンドアーティスト。
そのセンスが集約されたかのような あの「ラララ」が、苦し紛れからだったとは、まったくもって意外としか言いようがない。


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