誰でも知ってる大ヒット映画の誰も知らない秘密SP

誰でも知ってる大ヒット映画の誰も知らない秘密SP


「翔んで埼玉」を生んだ〇〇


「翔んで埼玉」、埼玉県人が東京都民からひどい迫害を受けるという、架空世界の日本を舞台にしたコメディ映画。
内容は、埼玉県人は都内に入る際、手形が必要だったり、埼玉がとんでもない田舎に描かれていたりと…埼玉県をディスりまくる過激なもの。
ところが…「悪名は無名に勝る」と埼玉県知事が映画を公認!
さらに、おちょくられた埼玉県民もなぜか大喜び。
観客動員数ランキング初登場1位。
興行収入約40億円と大ヒットを記録。
だが…この映画には、アンビリバボーな秘密が隠されていたことをご存知だろうか?


今から約40年前、当時、新潟在住で漫画家として活躍していた魔夜峰央(まやみねお)さん。
アシスタントもいない土地で連載を続けることに限界を感じ、たまらず編集長に相談。
すると…「そうか!こっちに出てこい。よし、物件はオレが見つけてやるよ」と言ってくれた。
新潟からほとんど出たことがないウブな魔夜は思った…これで憧れの大都会・東京で人生をエンジョイできる!と。


だが…実際に引っ越してみると…そこは東京ではなく、埼玉の所沢。
周りは畑ばかりで…やることといえば、仕事しかなかった。
さらに…編集長がすぐそばに住んでいて、頻繁に魔夜の様子を見にやって来たのだ。


だが、このたまりにたまった鬱憤は、漫画家ならではの形で昇華される。
そう、埼玉への憎しみ、いや、歪んだ愛を募らせた魔夜が描き出した漫画こそ…翔んで埼玉。
この作品は、作者の埼玉への愛から生まれた作品だったのだ。


だが、単なる思いつきで描いたため、連載は長続きせず、わずか3話と未完のままで終了。
その後、我慢の限界に達した魔夜は、所沢から遠く離れた横浜へと引っ越したこともあり…魔夜本人すら、そんな作品があったことすら忘れていた。
翔んで埼玉!は短編集に収録されただけに止まり、人々の記憶から、消えて無くなった…はずだった。


しかし、連載終了から30年以上が経ち…ある奇跡が起こる!
きっかけは今から6年前、ある魔夜の熱狂的なファンが、“やばい漫画がある”と、SNSにアップしたことだった。
すると瞬く間にそれがバズり、単行本化が決定!
発売されるやいなや売れに売れ、話題作に!
そして、30年以上の時を超え、ついに一昨年、映画化!
忘れ去られた漫画は、アンビリバボーな展開で大ヒット映画になってしまったのだ!


魔夜さんは、こう話してくれた。
「本当に何が起きているのか、自分でも全くわからなかったですから、なぜこんな事になる。今こんな風になっているのか本当に信じられない。多分、日本中で私が一番ビックリしたと思う。信じられなかったです。まさしくアンビリバボーです。」


ちなみにこの漫画が連載された当時は、確かに埼玉に田舎も多かった。
しかし近年、都会化が進み、かつてのようなのどかな風景はほとんどなくなった。
そのため埼玉のシーンの多くは、他県で撮影されている。


二宮主演映画の仰天秘話 きっかけは〇〇!


二宮和也が主演を務め、昨年公開されるや、初週の興行収入ランキングで1位を獲得。
ある写真家とその家族の心温まる実話を基にした映画、『浅田家!』。
実は、彼がこの映画のオファーを受けた背景には、驚くべき事実が隠されていた。
きっかけとなったのは、今から4年前に開催された『第40回 日本アカデミー賞』授賞式。
式典では…各部門の優秀賞の中から最優秀が発表される。
この会場に、作品賞ほか、6部門で優秀賞を受賞した映画で監督を務めた中野量太がいた。


中野監督の商業映画デビュー作ともなったその作品は、『湯を沸かすほどの熱い愛』。
問題が起こったのは、最優秀主演女優賞の発表が行われた時のこと。
プレゼンターとして登壇したのが、前年、最優秀主演男優賞を受賞した二宮だったのだが…緊迫した雰囲気の中…
二宮は、『湯を沸かすほどの熱い愛』を『熱い夏』と、言い間違えてしまったのだ!!
宮沢りえが欠席だったため、代理で登壇した中野監督も特に気にすることなく、二宮から笑顔でトロフィーを受け取った。
二宮は、授賞式終了後にスタッフから指摘され、初めて気付いたという。
すると彼は、ある行動に出る。


数日後、中野監督は二宮が所属する事務所のスタッフと、たまたま会食する事となった。
その席で、二宮からの謝罪の手紙を受け取った。
駆け出しの自分にわざわざ謝罪の手紙を書いてくれた…その思いに感動しつつも、中野監督は手紙を自分の中だけに仕舞い込んだ。


時は流れ、およそ1年後。
監督は、新たな映画に着手。
それこそが、実在の写真家の写真集を原案に、中野監督が独自の視点で脚本を書き上げた「浅田家」。
そして、キャスティングの段階になった際…中野監督が適任だと思った俳優こそ、二宮だった。
もともと監督は、彼の演技の大ファンでもあった。
しかも、二宮からの手紙には『僕に出来ることでしたら何でもします』と書かれていた。
しかし…手紙の言葉は単なる社交辞令かもしれない、しかも1年以上前の手紙のことなど覚えていないかもしれないとも思ったが、ダメ元でオファーをしてみることにした。


とはいえ、当時の二宮は主演ドラマの撮影中。
バラエティ番組のレギュラーも多数抱えている。
さらに嵐は、結成20年目を記念した過去最大のツアーを控えるなど、超多忙な時期だった。
にもかかわらず、二宮は映画出演を快諾した。
なぜ引き受けたのか? その理由が、完成後の舞台挨拶で語られていた。
二宮「事務所に言ってあったんですよ。中野監督から(オファーが)来たら全部、忙しくても受けてくれと言っていて、台本読まないで二つ返事だったんですよ。」


実は、二宮自身、「かずなり」を「かずや」と読み間違えられ、気分が良くない事がしばしばあったのだという。
しかしそんな自分が、作品名を言い間違えてしまった。
中野監督の気分を害してしまったのではと、深く反省し…決して社交辞令などではなく、今後もしオファーがあれば、絶対に受けるという決意を込めて、あの手紙を送っていたのだ。
「浅田家」は、今年の『日本アカデミー賞』において、優秀作品賞、優秀主演男優賞など、8部門で受賞!
言い間違いがきっかけで始まった不思議な縁。
作品誕生の裏には、湯を沸かすよりも熱い、二人の男の純粋な思いがあった。


「踊る大捜査線」レインボーブリッジのシーンは〇〇で撮影!


踊る大捜査線THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ。
興行収入173億円、邦画の実写映画としては歴代一位を誇る日本映画の金字塔だ。
だがこの映画には誰も知らないある秘密がある。
それは…タイトルにも登場するレインボーブリッジのシーンは、レインボーブリッジで撮影されていない、というもの。


真偽の程をこの映画の監督、本広克行さんに伺った。
「レインボーブリッジで撮影は(許諾が下りず)無理というのはわかっていたんですけど、あの時、スタッフがみんなで、これはレインボーブリッジに似た橋を探すんだって全国に制作部がバッと散って…」
こうしてスタッフが、レインボーブリッジに似た橋として見つけ出したのが…東京お台場からおよそ450kmも離れた、京都府の京滋バイパス、久御山ジャンクションだった!
事件…いや映画は、お台場じゃない、京都で撮られていた!


観客の感情を考え抜いて大ヒット あの名作映画とは?


ある監督が映画を制作するにあたり、アンビリバボーな試みに挑戦しました。
それは構成を組み立てた上で、映像化した時に…観客の感情がどのように変化するのか、自身で想定してシミュレート。
それを視覚化した感情グラフを作成、構成を練り直しながら、脚本制作に臨んだのです。


グラフには気持ちの高揚を表す上昇と、それをより際立たせるために、気持ちの消沈を表す下降があります。
監督は、この起伏をどうすれば大きくできるか考え、構成を何度も修正、脚本を書き、映画を完成させました。
今から5年前に公開されたその作品は、記録的大ヒットとなり、数々の賞を受賞。


その映画こそ…「君の名は。」
会ったことのない少女と少年の心と体の入れ替わりと、そこから始まるドラマを描いたこの作品。
手掛けたのは…新海誠監督!!
新海監督が「君の名は。」で初めて取り入れたこの制作手法は、次作の「天気の子」でも採用されました。
新海監督が感情グラフを通じて考えたのは、観客をいかに作品に没頭させるかということ。
そのためにどうすれば起伏を大きくできるか、また感情の山をどのくらいつくればいいのか、試行錯誤を繰り返し、感情グラフが最適な形になるように、何度も調整したんです。
この2つの作品は、観客の感情を考え尽くしたからこそ大ヒットしたのです。


カンヌで最高賞を獲得 超名作映画のあり得ない撮影方法


3年前に公開された映画「万引き家族」。
主に窃盗などで生計を立てている一家。
だが、実際は全く血の繋がりはない、疑似家族。
彼らの生活を通して、本当の家族とは、絆とは何かを訴えた作品だ。
是枝裕和監督はこの映画で、邦画としては21年ぶりとなる、カンヌ国際映画祭最高賞パルムドールを獲得した。
テレビドキュメンタリー出身の是枝監督によって撮られたこの映画には、実はあるアンビリバボーな秘密が隠されていた。


「万引き家族」で母親 信代役を演じたのは、安藤サクラ。
作中では、リリー・フランキー演じる夫とともに、実の親から見捨てられた2人の子供を家族として迎え入れ、育てている。
しかし信代は最後まで、子供から「お母さん」と呼ばれることがないまま、警察に誘拐容疑で逮捕され、最終的に尋問を受けることになる。
だが、このシーンの撮影時…実は安藤はどんな尋問を受けるのか、事前に全く知らされていなかったのだ。
カンヌで審査員長を務めた世界的大女優、ケイト・ブランシェットは、このシーンを絶賛。
一般的に、役者は泣く芝居をする際、涙を見せるために顔を隠さない場合が多いのだが、安藤はそうではなかった。
世界に絶賛された「万引き家族」は、リアリティをとことんまで追求した監督のアンビリバボーな演出手法と、それに答えた出演者たちの演技力によって生み出されていた!


世界的大スターの仰天アイデア


トム・クルーズ主演の大ヒットスパイ映画シリーズ、『ミッション:インポッシブル』。
全てのシーンを代役のスタントマンを一切使わず、トム本人が演じている事で有名だが、そんな彼にも実現不可能と思われたシーンがあった。
それがシリーズ一作目を代表するシーン。
CIAから機密データを盗むというミッションに挑む主人公。
床には重さに反応するセンサーがあるため、体が触れると侵入がバレてしまう。
そこでワイヤーで体を吊るし、天井から侵入したのだが…あと少しのところで…ワイヤーが緩み急降下!
間一髪、床からわずか数センチで止まるというシーン。


実はこのシーンもCGなど一切使用していないのだが、撮影ではNGの連発だったという。
その理由は、ワイヤーが緩み、急降下すると…落下の勢いでどうしても床に顔をぶつけてしまうから。
ワイヤーの取り付け位置を、何度調整してもうまく行かず、やむなく監督が撮影を中断しようとした、その時!
トムがあるアイデアを思いつく。
そして、このトムのアイデアにより…撮影は再開後、1テイク目で見事成功!


トムはスタッフに、撮影地イギリスの2ポンド硬貨1枚を借りた。
そして、それを靴の中に入れた。
すると…硬貨の重さが足に加わったことで、見事バランスを取ることに成功!
一発OKとなった!


歴史的名作はこうして誕生した


今から29年前、ある映画の撮影中のこと…
その監督は過去にヒット作を生み出していたが…作風が全く違う今回の映画に賭けていた。
だが、脚本は地味な内容で、原作小説も1万部ほどしか売れていなかった。
そのためヒットするわけがないと考えた映画会社は、製作費をカットしろと言ってきたのだ。


監督はギャラの大半を返上、それを撮影費に充て、映画を完成させる決断をした。
だが…それでも到底足りなかったのだ。
追い詰められていた監督は、主演俳優に全ての事情を洗いざらい話し、ギャラの一部を撮影費に回して欲しいと頼んだ。
映画がヒットしたら、収益の一部が主演俳優に入るという契約になるように映画会社に交渉するという約束で。
しかし…映画がヒットしなければ、興行収入から得られる分配金は当然ゼロになる可能性もある。
その場合、当然、ギャラが減るだけになる。
主演俳優にとっては、あまりにもリスクの高い提案だった。


すると、主演俳優は…「足りない費用の半分は、僕が出すよ。」と言ってくれた。
結局、彼らは必要な経費を2人で折半。
そして監督は映画会社に掛け合い…もし映画がヒットした時には、主演俳優が収益の一部をもらうという契約に変更してもらった。


撮影は当初の脚本通り行われ、この2年後、映画は完成。
公開されると…歴代の全米興行収入ランキング、第5位に入る大ヒット!
アメリカのみならず世界中で大成功をおさめ、興行収入は約700億円。
そして、翌年アカデミー賞作品賞も受賞した。


その映画こそ…監督ロバート・ゼメキス、主演トム・ハンクス、今から27年前に公開された「フォレスト・ガンプ」。
知能指数は人より劣るも、純真な心を持った青年が、ただ真っ直ぐに生きることで人生を切り開いていく、この一作。
映画会社から、必要ないカットをしろと言われたのは…終盤で主人公ガンプが疾走するシーン。
目的もないまま走り続け、アメリカ大陸を何度も横断。
しかしそのひたむきな姿が、多くの人々の共感を呼び、やがてアメリカ中から注目を浴びる存在になる…というくだり。
これらのシーンはエキストラの数も多く、撮影場所も全米各地に及ぶため、膨大な撮影費がかかると敬遠されたのだ。


映画は翌年開かれたアカデミー賞で、作品賞や視覚効果賞を獲得。
さらに…監督賞をロバート・ゼメキスが…そして、主演男優賞をトム・ハンクスが、それぞれ受賞。
フォレスト・ガンプは計6部門でオスカーに輝いた。
そして、映画がヒットしたことで、当初の契約ではギャラが約7億円だったトム・ハンクスは、契約により65億円ものアンビリバボーな金額を手にすることになった。
「フォレスト・ガンプ」は、トム・ハンクスとロバート・ゼメキスの代表作として、今なお、世界中の人に愛されている。


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