奇跡は本当に起こる!世界のキタノが選んだ超傑作!

奇跡は本当に起こる!世界のキタノが選んだ超傑作!


『無職青年の夢 予算13万円で女優と会えるのか?』


今から18年前、映像関係の仕事を辞め、失業中だったこの男、ブライアン・ハーズリンガー。
彼には『激推し』のハリウッド女優がいた。
その女優とは…『チャーリーズ・エンジェル』など、数々のヒット映画に出演している、ドリュー・バリモア。
きっかけは、スピルバーグ監督の名作映画『E・T』。
出演していたドリュー・バリモアに心を奪われ、6歳の時ファンクラブに入会。
以来20年以上、一度会って話してみたいという夢を持ち続けていた。


そんなブライアンが、ある日…友人と一緒にクイズ番組に出演、連想ゲームの出題者となった。
用意されたお題を番組が指定した禁止ワードを使わずに、仲間に答えさせなければならないのだが…その最後のお題が何と…ドリュー・バリモアだった。
ファンである彼は巧みにヒントを出し…見事、解答を導くことに成功!
賞金およそ13万円を獲得した!


これに運命を感じたブライアンは、クイズ番組の賞金をドリュー・バリモアと実際に会って話すために使おうと決意する。
彼が考えた方法…それは「映画を撮る」ということだった。
いきなり会いたいと言っても相手にされるはずがない。
そこで、映画のゴールを『彼女とのデート』ということにして、その過程をドキュメンタリーにすれば、何か道が開けるのでは、と考えたのだ。


ところが肝心のカメラがない。
そこで彼が目をつけたのは…30日以内に返品すれば全額が戻って来るという、メーカーの返品保証制度。
良くないこととは分かりつつも、これで実質、無料でカメラを入手。
期限はビデオカメラ返却までの30日。
制作費はたった13万円。
こうして限られた条件の中、友人とともに夢の実現にむけ無謀な冒険の旅が始まった。


映画製作にあたり、ブライアンは大きく2つの作戦を立てた。
まずひとつ目は…予告編を制作し、それをドリューの事務所に郵送するというもの。
予告編を彼女の事務所に送ることで、なんらかのリアクションが返ってくるかもと思ったのだ。


そして2つ目は、ツテ探し。
もちろん彼にツテなどない。
しかし、知り合いを辿っていけば、いつかはドリューにたどり着くのではと考え、仲間と手分けして電話をかけまくり、彼女の知人を探した。
すると…あのジュリア・ロバーツの兄で、俳優のエリック・ロバーツ、ドリューのいとこ、チャーリーズ・エンジェルの脚本家、さらに俳優で元恋人でもある、コリー・フェルドマンらとのコンタクトに成功。
だが、実際に会ってみると…いずれも、失敗…ドリューにたどり着くことはできなかった。


そして、送った予告編のリアクションも未だなかったため、事務所に連絡をしてみると…映画のことが、ドリューに伝わってすらいない事が判明。
そんな中、ツテ探しに進展が…これまでで最もドリューに近い、彼女のビジネスパートナーのメールアドレスを入手したのだ!
これでようやく映画製作について伝えられる!
だが…カメラの返却期限まで残り1週間になっても、メールの返信はなかった。


もう後がない、そう感じたブライアンは、新たな手に打って出る。
インターネットのサイトを立ち上げたのだ。
同時に、マスコミ各社に片っ端から連絡、取材してくれるよう依頼した。
それだけではない、高速道路に横断幕を掲げ、映画やサイトの宣伝を行った。


すると驚くべきことが…なんと、地元ラジオ局が彼らの活動を取材、放送してくれたのだ!
しかし…ラジオ放送から5分後、サーバーがダウンしてしまった!
ラジオ放送で想定を超えたアクセスが集中、ページの閲覧はおろか、リスナーが情報を書き込めない状況に…。
結果、宣伝もすべて水の泡。


そして…ついに最終日。
ブライアンはこれまで撮影に付き合ってくれた仲間と一緒にビデオカメラを返却。
これで映画製作はすべて終了。
彼の夢は潰えた…かに思えた。


だが、返却からしばらくしてサーバーが回復し、ウェブサイトが復活。
さらにそれから1ヶ月あまり後、興味を示したマスコミから取材依頼が届き始めたのだ。
そこでブライアンはダメ元で、前回と同じ方法でビデオカメラの入手を試みた。
すると…彼らの活動を知っていたのか、店員が見て見ぬふりをして再び同様の手続きをしてくれた。
結果、撮影の続行が可能に!


そして最初にカメラで撮り始めてから87日目。
一本の電話が…電話の相手は、以前メールを送ったものの、返信が来なかったドリューのビジネスパートナーだった!
ドリューが映画のことを知ったのは、1週間前で、自分の映画をとっていると聞いて、大喜びしているという!


そして…映画の撮影スタートから95日目…落ち着かない様子のブライアンの元へ一人の女性が…ドリュー・バリモア本人だ!
6歳の時から憧れ続けていた女優と、夢のデートが実現した!
そして、ブライアンの夢の様な時間はあっという間に終了。
その後、彼の挑戦の一部始終は、「デート・ウィズ・ドリュー」というタイトルで映画化され、日本円で3000万円以上の興行成績をあげた。


奇跡のデートから18年…ブライアンはいま何をしているのか!?
「実は…映画監督をしているんです」
そう、ドリューの映画が話題になったお陰で、彼の名は多くの人に知れ渡り、これまで監督として数々の映画を制作。
昨年には、以前ツテを断られたドリューの元恋人であり俳優のコリー・フェルドマンが主演する、ドキュメンタリー映画の監督を務めた。
あの時、失業中だった青年は今、映画の世界で地位を確立していた。


『少年が抱いた夢! 仰天の結末』


紛争地帯、アフガニスタンの、中心あたりに位置するジャゴリ地区。
この村に住む5歳のムルタザはサッカーが大好きだった。
だが、家は貧しく、持っているのは空気の抜けたボール1つだけ。
恵まれない環境の中で、サッカーの試合を見るのがムルタザの唯一の楽しみだった。
中でも大好きな選手がいた。
それは…アルゼンチン代表で、スペインの名門FCバルセロナに所属する大スター、リオネル・メッシだった。


ムルタザはアルゼンチン代表の、ストライプのユニフォームに憧れていた。
だが、貧しい家計の中、ユニフォームを買ってやることなど不可能だった。
そんなある日…兄が、メッシに憧れる弟のためにと、ストライプのポリ袋をベストの形にしてアルゼンチン代表のユニフォームをつくってくれたのだ。


そして、喜ぶ弟の姿を、離れて暮らす親戚に見てもらおうと、SNSに親族だけが見られるかたちで、限定公開した。
ところが…後ろ姿のこの写真だけが、どこからか流出。
ネット上で一人歩きを始めてしまったのである。
ポリ袋のユニフォームをまとった少年の写真は『世界一のメッシファン』と名付けられ、世界中に拡散された。
あの少年はどこの誰なのか?
一時、その居場所について間違った憶測が流れるなど、情報は錯綜。
一方、アフガニスタンに住む二人の兄弟は…自分たちの写真が拡散され、世界で話題になっていることなど知るよしもない。
ゆえに彼らが名乗り出る事もなく、その正体が明らかになる事もなかった。


ところが、運命は思いがけないところから動き出す。
その日、オーストラリアに移住したムルタザの叔父が、ニュースに気付いた。
彼は、世界一のメッシファン』の少年は、イラクではなくアフガニスタンの子供であるとSNSに投稿。
すると、すぐさまイギリスの公共放送局、BBCから問いわせが来た。
そしてBBCが少年について報じると…世界中のマスコミがこぞって取り上げるように。
中には現地アフガニスタンでの取材を敢行するメディアもあった。


そんなある日の事、ムルタザ宛に荷物が届いた。
それは、アルゼンチン代表のユニフォームだった!
なんと、メッシ本人からの贈り物だった!


実は、苦しい環境の中、サッカーを愛し、自分に憧れてくれている少年がいるということは、いつしか本人も知るところとなっていた。
せめてその小さな願いを叶えてあげたいと、メッシはアフガニスタンサッカー連盟とユニセフに協力を要請、ユニフォームを贈ったのだ。
ユニフォームには直筆のサインが書かれていた。
そして手紙には…『僕も君に会いたい。これを着て練習に励んでほしい。いつか必ず君に会いに行くよ』という、メッセージが書かれていた。


ところが…突然世界から注目された、辺境の村に住む家族。
このささやかな幸せは、一家を困難に直面させることになる。
治安が悪化する中、人々の心はすさんでおり、メッシのユニフォームや現金を要求する脅迫が殺到。
このままではムルタザの誘拐すら起こりかねない。
命の危険を感じた一家は、慣れ親しんだアフガニスタンの小さな村から、逃げるように姿を消した。


その数ヶ月後…メッシの所属するFCバルセロナは、カタールの首都、ドーハでサウジアラビアのサッカーチームと親善試合を行うことになった。
世界トップクラスの強豪クラブがシーズン中、わざわざ中東まで来て、親善試合を行うのは極めて珍しい。
試合開始直前、両チームの入場。
先頭はメッシ。
だがよく見ると、彼だけが通常一名であるはずのエスコートキッズを二名伴っている。
メッシの左側を歩く少年こそ…あのムルタザくんだった!


一体何が起こったのか?
実は、ムルタザの窮状を知ったメッシは…すぐにでも少年に会って励ましたいと、行動を開始。
だが、アフガニスタンは紛争地帯。
ましてや彼はスーパースター、自由に行動できる時間も限られている。
そこで所属クラブを通して、アフガニスタンサッカー連盟、ユニセフと連携し、ムルタザに会うためのプロジェクトチームを立ち上げた。


そして、行方のわからなくなった一家が、パキスタンのとある村に避難していることを突き止めると…続いて、親善試合の実現に向け日程を調整。
パキスタンから近く、比較的治安が良い、カタールでの開催にこぎつけた。
こうしてメッシは、『いつか必ず会いに行く』という約束を果たしたのである!


ムルタザはメッシにくっついてそばから離れない。
審判にピッチの外に出るよう促されても、向かった先は、そうメッシのところ。
試合後行われた、懇親会。
ここでもムルタザはメッシと離れようとせず、思い出深いひとときを過ごした。


あれから4年、ムルタザくんは現在、生まれ故郷、アフガニスタンに戻っている。
メッシに会った事で、プロサッカー選手になりたいという思いはますます強くなり、その夢を叶えるため、毎日、プレゼントされたユニフォームを着て練習に明け暮れている。
ムルタザ「メッシに会えた日は最高の1日だったよ。将来は第二のメッシと呼ばれる選手になりたい。


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