あなたならどうするSP

農家を襲う存続の危機


青森県南津軽郡藤崎町、この地域の特産物と言えば、りんご。
618軒のりんご農園があり、世界で最も生産量が多い『ふじ』の発祥の地として知られている。


今から29年前の9月、この町でりんご農園を営む平田博幸は、丹念に育ててきたりんごの成長を見守っていた。
待ちに待った収穫の時期まで、あと2ヶ月という頃、予期せぬニュースが飛び込んできた。


この年、広い範囲で猛威をふるった台風19号。
9月26日、沖縄県を通過したのち、九州、中国、四国地方に甚大な被害を及ぼしていた。
この日の昼には、最大風速50m以上を記録。
その勢いを保ったまま、北陸を通過していき、東北地方に向かっていた。


予報通りに進めば、台風は平田が住む藤崎町を直撃してしまう。
とはいえ、収穫時期の2ヶ月も前、まだ成熟していない りんごを収穫しても、そのままでは売り物にならない。
できることといえば、農園に風よけの網を張ったり、りんごの木を支柱で支えたりするくらいしかなかった。


そして迎えた、翌日の早朝。
予報通り、台風19号は青森を直撃!
瞬間最大風速53mの強風が県内に吹き荒れた。


その結果、青森県内の農園で大切に栽培されていた りんご、そのほとんどが強風により落下。
藤崎町では、予定収穫数の9割が落ち、残ったのは、わずか1割程度。
それだけではない、台風のダメージを受けた周辺の施設や器具、復旧にかかる費用などを含めると、被害額はおよそ26億円。
この台風19号は、のちに『りんご台風』と呼ばれるほど、農家に大打撃を与えた。


多くの りんご農家が存続の危機に直面した。
来年以降も栽培を続けるためには、どうにかして収入を得なくてはならない。
だが、台風で落ちてしまった りんごは、未成熟で傷が多いため、そのまま店頭にならべることはできない。
落ちなかったりんごは、たったの1割、これでは焼け石に水だった。
そんな中、農家の若手が起死回生のアイディを捻り出した!
さて、こんな時、あなたならどうする?


数日後、平田は青森の神社を取りまとめる青森神社庁に相談に訪れた。
あるものを神社で取り扱って欲しいという相談だったのだが…「この案件、私に一旦 預けていただけないでしょうか?」と言われた。
そして、相談に乗ってくれたその人物は、様々なところに連絡を入れ始めた。


実は彼は、全国の神社を取りまとめる、神社本庁の役員でもあった。
青森以外の場所でも、アイディアが実現できるように口を利いてくれたのだ。
その場所とは…東京の明治神宮や湯島天満宮、神奈川の鶴岡八幡宮など、実に8箇所の有名神社。
青森のりんご農家の希望通り、初詣の時期に置いてもらえるようになった。


神社で正月に販売したもの…それは、りんご そのもの。
しかも、本来一個100円のところを、1000円という値段で!
一体どういうことなのか?


そのアイディアが生み出されたのは、台風が通過し、被害の大きさが判明した直後だった。
『落ちなかったりんご』を縁起物として販売しようと思いついたのだ!
強風でも落ちなかったりんごの強運を分けてもらう…受験生用の縁起物としてはどうかというアイディアだった。


こうして誕生したのが、志望校への合格をめざす受験生に向けて、神社で販売した縁起物。
台風でも落ちなかった強運のりんご、その名も…『落ちないりんご』。


台風被害によって落ちてしまったりんごの何割かは、ジュースなどの加工用として使用できたが、それでも、例年の3割程度の売り上げにしかならなかった。
他のりんごは、加工することすらできず、廃棄するしかなかった。


そこで藤崎町では、落ちないりんご販売実行委員会を組織。
役所と農家が協力して、台風の2ヶ月後、落ちなかった1割のりんごを収穫。
みんなで箱詰めもした。
さらに、パッケージに台風19号の強風にも耐えた強運なりんごであるという証明書も添えた。


そして、翌年の正月、藤崎町のりんご農家たちが直接出向き、協力してくれた神社などで『落ちないりんご』は販売された。
一個1000円と高額ではあったが、彼らの狙い通り、受験生や受験生の家族に大反響!
なんと、6万個も売り上げ、損害の穴埋めに大きく貢献したのである!


その年の春、藤崎町の農家に嬉しい知らせが届いた。
それは…受験に合格した学生や、その親から届いたたくさんの手紙。


こうして、危機的な状況を乗り越えることができた藤崎町のりんご農家。
落ちないりんご販売実行委員会もこの年限りで解散…のはずだったが、受験生たちから『落ちないりんご』の販売を続けて欲しいという声が多数寄せられた。
その反響を受け、台風から2年後、若手のりんご生産者たちで、『有限会社 落ちないりんご』を設立。
毎年、収穫後、『落ちないりんご』を販売。
受験生やその家族をはじめ、縁起をかつぐ りんご愛好家に届けている。


そして、今回 取材にこたえてくださった平田さんは、現在、藤崎町の町長を務めており、また違った立場からりんごの生産を見守っている。
平田さんはこう話してくれた。
「こうしてはいられないという想いにみんなが一つになれた。みんなの絆っていうのは大事で、そういう意味で落ちないりんごは、まさしく人生の糧になるような体験であったのかなと、そう思ってます。」


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