絶体絶命!あなたならどうする? 2時間スペシャル


アンビリバボーな解決法 名アイデア 珍アイデア映像


建物の下に集まる人々、彼らは信じられない光景を目にしていた。
窓から子供が落ちそうになっている!
母親が外出している間に窓から身を乗り出し遊んでいたら、戻れなくなったのだ!
ドアには鍵がかかっていたため、中に入って助けることは出来ない。
なんとかしたい大人たち…だが、役に立ちそうな道具は持っていない。
そこで、彼らがとった行動は?

干してある洗濯物の中から毛布を取り、全員で広げた。
これで受け止めようというのだ。
果たしてうまくいくのか?
そして…子供はついに力尽き、落下!
そこをナイスキャッチ!!
素晴らしい機転とチームワークで子供の命を救うことができた!

一昨年の3月、イギリスのロンドン郊外の畑で遊んでいた子供たちが、森の中へと走っていく男性を発見。
実は男は強盗!
そこへ警察のヘリがやって来たのだが、森に入った犯人に気づいていない。
子供たちは怪しい男がいると、必死に声を上げるも聞こえない。
その時、子供たちがとった行動とは?

警察のヘリがとらえた実際の映像がある。
そこには…矢印が…そして指し示す先には、なんと犯人の姿が!
そう、子供たちは犯人の位置を知らせるため、人文字で矢印を作ったのだ!
ヘリは地上にいる警官に犯人の位置を伝え、無事逮捕に至った。

この男性の悩みのタネ、それは…バッティングが大好きすぎる息子。
いつも一緒に野球をしようと言われるのだが、体力が持たない。
なぜなら息子は打ちたいだけ、お父さんは、投げて、走って、拾っての繰り返し…さすがに付き合っていられない。
そんなお父さんが思いついた息子と野球をする方法、それは…そう、釣竿!
息子が釣り糸に垂らされたボールを打ち、お父さんがリールを回してボールを回収。
なるほど!この方法なら体力はいらない!
お父さんのアイデアで息子は大満足だった!

家をリフォームしたい彼ら。
電動カッターでこのパイプを切りたい。
しかし、延長コードが足りず、カッターが届かない。
そこで彼らが考えたアンビリバボーな方法とは!?
コードをギリギリまで伸ばしてカッターを回転、その余力で切断するという方法!
果たして本当に切れているのか?
確かに切れ目は入っている!
だが、絶対に延長コードを取りに行った方が早かった。





大型書店で大量万引き 犯人を捕まえろ!


昨年、警察が認知したものだけでも10万件を超え、年間の被害総額は4600億円に及ぶともいわれる犯罪、それが…「万引き」である。
徳島県内で8店の大型書店チェーンを営む平惣(ひらそう)。
事の発端は、昨年7月、本部にかかってきた一本の電話だった。
それはある店舗で、入荷した書籍数から売れた分を引いた数と、在庫の数が合わないという連絡だった。
計算が合わなくなっていたのは、主に新刊の話題本やベストセラー、さらに健康や美容関連の実用書だった。
当初は、特定の本だけが大量に合わないということで、データ入力のミスなどである可能性が高いと思っていた。
しかし、その後の調査で被害は3店舗に及び、合計およそ800冊、金額にして130万円近くの書籍を盗まれていることが発覚したのである。

事態を重く見た平野専務は、早速全店舗のスタッフに警戒を強化するよう指示。
スタッフ全員で怪しい客に注意することにした。
その、翌日のことだった。
怪しい行動をとる女性客をスタッフが発見。
スタッフの機転で、怪しい女のメンバーズカードから名前を確認。
さらに、怪しい女と車のナンバーを撮影した。

その後、本部で対策会議が開かれた。
名前と車は判明したが、現時点では警察に相談しても対応してもらえない可能性が高い。
とはいえ自分たちで犯行の確実な証拠を押さえるのも、現実的ではなかった。
なぜなら…防犯カメラで万引き犯を押さえる場合、犯人が商品を盗んだ瞬間から店舗の外に出るまで、その行動の一部始終を記録しなければならない。
一瞬でも死角があると、その瞬間に商品を戻したなど、言い逃れされてしまう可能性があるのだ。
しかし、平惣のような大型店舗で、すべてのフロアを一切の死角なくカバーしようとすると、防犯カメラは数十台が必要で何百万円もかかってしまう。
さらに…万引きGメンを常駐させたら人件費だけで被害額を超えてしまう。
総額100万円を超える大量万引きの被害。
しかし警察には頼れない上、自力で対策を講じようにも、莫大な費用がかかる。
こんな時、あなたならどうする!?

怪しい女が来店したという店舗のスタッフから平惣の本部に連絡が入った。
なんとこの店舗スタッフが限りなく怪しい人物を特定したというのだ!
一体なぜわかったのか?
実は古物営業法という法律で、本や衣類など同一商品の大量買取は盗品の恐れがあるなどの理由で規制されている。
個人が売りに出すことは難しいのだ。

だが、あるスタッフが、フリーマーケットアプリで、同じものを大量に売る人がいることに気がついた。
フリーマーケットアプリは、近年手軽に個人間でモノの売買ができるとして人気を集めている。
だが、まだ歴史が浅く、古物営業法にも明確に記載されていない。
ゆえに法的にはグレーになってしまっている部分があり、その隙をついて、同一の商品を大量に販売するなど、一部、怪しげな出品者も存在するのだ。

そこで、店舗のスタッフが試しに検索してみたところ…なんと同じ徳島県在住の人物が、アプリ用の仮名を使い、無くなった書籍と全く同じものを大量に出品していたのだ!
手がかりを得た平野専務らが、早速その出品者から一冊本を注文すると…翌日には商品が到着。
そして、その封筒には…あのメンバーズカードと同じ名前、さらに住所まで記載されていたのだ!
フリマアプリには、サイトの運営者に仲介をたのみ、匿名で配送する方法もある。
だが、女は見つかるはずがないと油断していたのか、通常の郵便のように住所や氏名を明記して送る方法を選んでいた。

こうして翌日から、女の行動パターンを把握すべく、仕事の合間を縫って平野専務自ら、自宅周辺の張り込みを開始。
さらに、防犯カメラの映像などから、女が来店する時間を分析。
それらの調査結果を元に、特定の時間帯だけ万引きGメンに協力を依頼することで、なんとか現実的な予算内で対策する目処が立った。

だが残念ながら、すぐに思うような結果は出なかった。
女は毎日来店するわけではなく、空振りの日が続いたかと思えば、予想外の時間に来店。
万引きGメンがいないため、スタッフのみでの対応を迫られる日もあった。
その結果、警戒中にも関わらず再び商品を盗まれたとおぼしきこともあったという。

通常業務の隙間を縫って行う張り込みもすでに2週間。
結果の出ない日々に、体力的にも精神的にも限界が近づいていた。
そして…捜査開始から半月が過ぎた、7月28日午後6時52分。
ついに、万引きGメンの待機している時間にあの女が現れた!
そして…被害発覚から22日、ついに犯人の確保に成功!
その後の裁判で女には、懲役1年4ヶ月執行猶予3年の有罪判決が下った。
転売による金銭目的の犯行だった。





砂漠のど真ん中で車が破損 近くの村まで歩いて3日

今から25年前の4月、フランス人機械技師エミル・ルレイは、車でモロッコを旅していた。
若い頃から愛車を使って何度も訪れたアフリカ大陸。
今回の旅では、モロッコを北上、サハラ砂漠の走破がハイライト。
タンタンを出発してから30分、ドライブは快調だった。
だが…突然、モロッコ軍に車を止められた。
実は当時モロッコは内戦状態にあり、この先の道路が封鎖されていたのだ。
結果、予定していたルートで、サハラ砂漠に入ることは不可能となった。
しかし、どうしても旅を中断したくなかったエミルは、封鎖された道路を避け、迂回して南下、再び予定していたルートに出ようと考えた。
ところがこの行為が裏目に出る。

サハラ砂漠に向かう途中にある、岩が散在する岩石砂漠で、岩場に乗り上げてしまった!
車は走行できなくなり、故障箇所を確認すると…サスペンションアームと呼ばれる、車輪を支えている部品が完全に折れてしまっていたのだ。
修理に使う工具は積んではいたものの、この部品ばかりは、交換するか、溶接が出来る道具がなければ繋ぐことが出来ない。
すなわちこの場所での修理は不可能!
しかも…もっとも近い村まで、歩いて3日はかかる距離。
車には10日分の水と食料を積み込んでいたが、昼間は最高気温30度を超える炎天下の砂漠。
日陰もない砂漠を1日歩き続けるだけで、かなり危険な行為と言えた。
当時、携帯電話も圏外の場所であり、そもそもエミルは所有していなかった。

人っこ一人いない砂漠の真ん中で、まさかの車の故障。
彼の下した決断は…この場に留まることだった!
そして、走行不能の車のボンネットを開き、車を分解し始めた!
一体何をするつもりなのか?
実は彼はこれまで、何台もの車を自分で修理したことがあった。
そこでその経験を活かし、エンジンや他のパーツを使い、3日間でまったく別のもの製作、それを使って助けを求めようと考えたのだ。

だが、作業を始めてすぐ、自分の予想の甘さに気づかされた。
車の修理は得意でも、全く新しいものを作るとなるとまるで勝手が違ったのだ。
さらにエンジン回りの部品は100キロを超える。
それをたった一人で動かさなければならなかった。
当初、予定していた3日を過ぎても車はバラバラのまま、形になる気配すらなかった。
積み込んであった10日分の食料と40リットルの水は、日に日に減っていく。

そして…車の故障で立ち往生してから12日目。
ついに食料は尽き、手元に残ったのは、わずか500ミリリットルの水だけとなった。
だが…この時、彼が挑んでいたあるものが完成した!
彼が愛車を分解して作り上げたもの、それは…オートバイ。
壊れた、車のパーツを使い、なんと1台のオートバイを完成させてしまったのだ!
時速は20キロ程度しか出なかったが、危険な砂漠からの脱出には十分。
走り始めて3時間後、モロッコ軍に遭遇し、無事 保護された。

サハラ砂漠での決死の脱出劇から25年。
フランスのエミルさんの自宅を訪ねた。
すると…当時改造したバイクはまだ残っており、実物を見せたくれた。
エミルさんに、砂漠からの生還の秘訣を聞いてみた。
「何ごとも諦めないことが大切なのかなと思います。追い詰められた時、本気で生きようとすると、道が開ける。私はそう信じています。」

この時の経験がエミルさんのさらなる冒険心に火をつけた。
後のアフリカ旅行で、わざわざ川を渡るルートを設定。
現場で愛車を水陸両用車に改造、横断したのだ。
常識にとらわれないアイデアと、諦めない精神。
それこそが、生き抜く力の源なのかもしれない。





寂れた温泉の街が奇跡の復活

駅からも高速道からも遠く離れた、熊本県阿蘇郡の山あいにある……黒川温泉。
里山の美しい風景と見事に調和した、趣あるこの癒やしの地に年間100万人もの観光客が訪れる。
だが…かつてここは、ほとんど客が来ないさびれた温泉街。
まさに存亡の危に瀕していた。

黒川温泉の、奇跡の逆転劇、その始まりは今から64年前、1954年に遡る。
当時、東京から近い熱海や箱根など巨大温泉街が、家族連れや団体が楽しめる大型の内風呂を設けて人気を集めていた。
黒川温泉は江戸時代から続く秘湯だったが、交通の便が悪く、わざわざ足を運ぶ客は少ない。
さらに、どの旅館にも、新たに大型の内風呂を作るスペースも金銭的余裕もなかった。

そんな中…後藤哲也は「お客を呼ぶには名物がいる」と考え、自分で名所を作ることを決意した。
哲也の実家は明治初期から続く旅館・新明館。
父は別の職に就いたため、祖母が経営する旅館を、子どもの頃から手伝っていた。
しかし、新明館の裏は岩山となっているため、新たなものを作るスペースはない。
さらに、改装する金銭的な余裕もなかったのだが…哲也は旅館を救うため、とんでもない行動に出る!
こんな時、あなたなら、どうしますか!?

哲也は、その日からほぼ毎日、新明館の裏山の岩を削り続けた。
期間にして、なんと3年!
なんと、旅館の裏山に、洞窟温泉を完成させたのだ!
たった一人で、3年をかけ彫り続けた温泉。
その後、混浴だと女性客が来ないからと拡張工事を決意。
今度は、7年掛けて女湯まで作ってしまった!

だが、哲也の奇行はそれだけにとどまらなかった。
哲也は、若い女性観光客の後をストーカーのように付いて回り出した。
その行動は、とうとう哲也がおかしくなったと黒川中の噂になるほどだった。
さらに、旅館の庭に塩を巻き、庭木を枯らした。

それから、およそ20数年の歳月が流れた…黒川温泉の旅館も、多くが次の代に代替わりしていたが、客足は以前と変わらず少ないまま。
だが、後藤哲也の新明館だけは、黒川温泉で唯一、平日にも満室になるほどの人気旅館となっていた。
もちろん、洞窟温泉も人気となった理由の一つだが…実は、20年前の怪しげな行動にこそ、その答えがあった。
あの時、若い女性観光客の後をストーカーのようにつけていたのは…流行に敏感な若い女性たちが、観光に何を求めているかナマの声を聞くためだった。

その結果、客が求めているのは、整然とした人工の日本庭園などではないと感じた哲也は、自身の旅館の庭の植物を枯らすために、塩を撒き…山で自然に育った雑木を持ち帰ると、旅館のいたるところに植え、日本人の原風景ともいえる、雑木林に囲まれた宿を生み出した。
すると、自然を感じる空間に癒やしを求め、都会で働く若い女性たちが殺到!
黒川温泉で唯一の人気旅館へと変貌を遂げたのだ。

ある若手の旅館の主が意を決して、旅館を立て直すため、哲也にアドバイスを求めた。
だが…これまで哲也は、他の旅館の主人に馬鹿にされ、冷たい扱いを受け続けてきた。
しかも、アドバイスなどしたら、自分の客が取られてしまう可能性もある。
さあ こんな時、あなたならどうする?

すると、哲也はノウハウを教えるどころか、率先して旅館の改修を手伝い始めたのだ。
なぜなら、哲也の夢は黒川温泉がひとつになり盛り上がることだったからだ。
効果はてきめん、宿泊客が目に見えて増え始めた。
すると…二代目の若手を中心に、哲也に教えを乞う旅館の主が続出。
そんな彼らに哲也は、惜しみなく自分のノウハウを提供。
かつて、魅力のなかった黒川温泉の旅館は…一軒一軒、それぞれの特徴を活かした露天風呂を持つ宿へと、生まれ変わった。

だが…困った問題が浮上する。
この頃、黒川温泉を訪れるのは、露天風呂目当ての客が多かった。
そこで、そんな客のために、黒川温泉を「露天風呂の街」として、大々的に売り出そうという案が出たのだが…敷地が狭く露天風呂が作れない旅館から反対意見が出た。    
露天風呂をウリにした場合、露天風呂を作れない旅館に客が来なくなるのは明白。
そんな旅館も救いつつ、露天風呂の街として売り出すには?
さあ、こんな時、あなたならどうする!?

そこで、若手からあるアイデアが出された。
それは…『入湯手形(にゅうとうてがた)』。
まずは、手形をお客さんに買ってもらう。
その手形があれば、黒川温泉にあるどの旅館の温泉にも入れるようにするというもの。
この方法であれば、露天風呂のない旅館に泊まった客でも、他の旅館の露天風呂に入ることができる。
さらに売り上げは、全旅館で組織された組合で管理、各旅館の改修作業などに使用する、という仕組みを考えたのだ。
さらに、入湯手形は、お土産にして貰えるよう、杉の木の輪切り板で手作りすることに、これも若手のアイデアだった。

こうして一つになった黒川温泉の大逆転劇は始まった。
1986年、入湯手形の販売を開始。
1個1000円で、全ての旅館の露天風呂に入れる仕組みとした。
これを徐々にマスコミが紹介。
すると、大きな評判となり、宿泊客はもちろんのこと露天風呂目当ての日帰り客も急増。
2002年には年間およそ21万枚、2億5千万円を売り上げた。

その間、黒川温泉では手形の売り上げを利用し、皆のアイデアで、バラバラであった景観を黒を基調とした街並みに統一。
看板や橋の欄干などの色も合わせた。
さらには、通りなどにも雑木林を植え、「ふるさと」をテーマにしたブランディングを推進。
その結果、「九州人気観光地ランキング」で数々の名所を抑え、6年連続1位に輝くほどの人気の地となった!
黒川温泉自体が一つになる、『黒川温泉一旅館』そんな後藤哲也の夢は叶えられた。
黒川の発展を見届けた後藤哲也さんは、今年の1月、86歳で永眠。





絶体絶命!動物園を襲う危機

今から136年前の開園以来、人々を魅了し続けている上野動物園。
その歴史は、波乱に満ちている。
戦時中には、空襲によって動物が野放しになることを防ぐため、日本軍から殺処分が命じられ…園で一番の人気者だった象も、悲しい運命をたどった。
終戦後、子供達から「もう一度、象が見たい」という声が上がり、これを受け、台東区の子供議会がインドのネール首相宛に1500もの手紙を送った。
この手紙に心動かされたネール首相から寄贈されたのが、上野動物園にやってきた、メスの「インディラ」である。 

そんなインディラの飼育担当に抜擢されたのが、経験豊かな飼育員、落合正吾(当時36)さんだった。
戦前から上野動物園で働き始め…軍の命令により、動物たちを殺処分せざるをえないという悲しみも味わった。
それだけに、象の飼育担当に決まった時は小躍りするほど喜んだという。
故郷を離れ寂しそうだったインディラを、落合さんは大切に世話し、インディラもまた落合さんによく懐いた。

そして来日からおよそ15年…子供がいなかった落合さんにとってインディラは、娘のような存在になっていた。
神経質な性格のインディラは、消化不良を起こすことがあり、動物園で落合さんが徹夜で看病した時もあった。
落合さんは、インディラの他にも、はな子やジャンボなどの飼育も担当。
一方で、後輩飼育員の指導も行っていた。
若手が号令をかけても、インディラは動こうとしなかったが、落合さんが号令を掛けると、たちまちインディラは座った。
落合さんは、若手にこう言って聞かせていた。
「恐れていては、ゾウとの信頼関係は作れない。飼育の基本は愛情だ。」

だが…落合さんがインディラを飼育してから17年目のことだった。
胃にがんが見つかったのだ。
手術をしたものの、ガンの進行は止められず、自宅で療養することとなった。
こうして若手の中井と菅沼が、インディラの飼育を任された。

そして班長の落合さんが休職してから、7ヶ月後の1967年3月14日、予期せぬ事件が起こる。
インディラがゾウ舎から外に出てしまったのだ!
近くにいた売店の店員の話では…この直前、インディラは、同居している他のゾウとケンカ。
体がぶつかり、本来、落ちるはずのない堀に落ちてしまった。
パニックになったインディラは、鼻を柵に引っ掛け、客がいる側に出てしまったのだ!

中井と菅沼は、まずお客を避難させた。
実は…ゾウは、大きな体に似合わず驚きやすく、ビックリするとものすごい勢いで走り出す危険性がある。
インディラは興奮して、中井と菅沼の命令に全く耳を貸さなかった。
このまま暴走し、動物園の外に出てしまったら…ここは東京上野。
混乱を招くだけでなく、被害者を出しかねない。
とはいえ麻酔銃を使うにも、ゾウに使う麻酔は非常に強力なため、一歩間違えれば命を落とす危険がある。
そこで飼育長は…暴走を防ぐため両前足を鎖で繋ぐことにした。
さらにもう一本、繋いだ鎖を飼育員が引っ張り、ゾウ舎まで移動させようと考えたのだ。

すると、その時だった!
突然上空にヘリコプターが!
ゾウが脱走したことを知った新聞社のヘリだった。
プロペラの音によりインディラが、ますます興奮し始めた。
万が一、暴走して動物園の外に出てしまったら、市民の安全を考えて銃殺命令が下るかもしれない。
もしあなたが飼育員だったら、こんな時、どうする?
     
中井と菅沼は、何とかインディラの足に鎖をつなぐことに成功。
しかし、ヘリのプロペラ音でインディラの興奮はおさまらない。
そこで、落合さんにインディラを落ち着かせる方法をだけでも聞いてみることにした。
しかし落合さんの返答を待ってばかりはいられない。
インディラがいつ暴走するかわからないのだ。
そこで…前足に繋いだ鎖を、23人の飼育員全員で引っ張った。
すると、その時…この様子を撮ろうと、いっそう低空を飛んだヘリのプロペラの音に驚いたインディラが、後ろに下がってしまった。
以降インディラは、足に根が生えたように、全く動かなくなってしまった。

そして大きな進展がなく2時間経過した、その時…落合さんが動物園にやって来たのだ!
実は、落合さんは連絡を受けるとすぐに、自分が行くと言ったという。
それまで全く動こうとしなかったインディラだったが、落合さんが近づいた瞬間、インディラは急におとなしくなったという。
そして導かれるままゾウ舎に戻っていった。
わずか10分足らずの出来事だった。

以来、インディラには1つだけ変わったことがあったという。
あの日、落合さんが現れた午後2時頃になると、決まってそわそわし、体を乗り出すように、じっと飼育事務所の方を見ていたという。
そしてあの事件から8日後、落合さんは亡くなった。
亡くなる前、落合さんは妻の手を握ってこう言ったという。
「俺は幸せ者だよ最期にインディラの面倒を見てやれたもの。」
落合さんの最期の言葉だった。

その後もインディラは、動物園の人気者として活躍し続けた。
そして…落合さんが亡くなってから16年後、インディラは49歳でこの世を去った。
天国でようやく落合さんと再会したインディラは、きっと思い切り甘えていることだろう。

現在…上野動物園では3頭のメスのアジアゾウが飼育されている。
ゾウの飼育の仕方には大きく2つある。
1つは虎やライオンといった猛獣の場合同様、飼育員と動物が接触しない方法。
もう1つが直接、触れ合いながら世話をする方法だ。
上野動物園では、落合さんの頃同様、メスのアジアゾウに対し、この触れ合う方法が取られている。
ゾウは飼育員たちに安心して身を委ねている。
これは、飼育員がゾウを恐れることなく、愛情をもって接して来たからこそ築き上げられた信頼の証。
インディラと落合さんが築いた人間とゾウとの絆。
それは現在も、変わることなく続いている。

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