実録!恐怖のクマSP観光地を襲う前代未聞の惨劇 ほか

冷涼な大自然、満天の星空、美味しい山の幸…夏から秋にかけて、人が山に入ることの多いこの季節こそ、クマによる事故が多発する時期でもある。
冬眠前、餌を求めて、人里に下りてくるクマの数が増加するのだ。
そして人とクマが出会った時、悲劇は起こる。
クマによる死亡事故や怪我などの人的被害は、3年前こそ56人だったものの、一昨年、昨年と100人を超えている。

岐阜県と長野県の県境に位置する乗鞍岳。
20を超える山々からなり、国立公園にも指定されている人気の観光地だ。
高山植物など四季を通じて美しい景観を満喫できる、そんな乗鞍岳の峰の一つ、魔王岳の登山口には、標高2702m、日本一高い地点にある、「畳平(たたみだいら)バスターミナル」がある。
今から9年前の 2009年9月19日。
3連休の土曜日で、バスターミナルの敷地内にあるレストランやお土産店は、朝から大勢の観光客で賑わっていた。
長年この地で山小屋風の宿泊施設「銀嶺莊」を営む小笠原芳雄さん、そして長男の徹さん。
そして、観光シーズンを迎えた宿の、従業員たち。
彼らは、このあと壮絶な事態に巻き込まれようとは、夢にも思わなかった。

それは銀嶺荘からほど近い、魔王岳の登山口付近で始まった。
徳島から、夫婦で観光に来ていた2人。
タクシーを使って絶景を巡り、登山口付近でご主人が景色をカメラに収めていた、その時!!
突然クマに襲われたのだ!
あっという間の出来事だった。
目撃証言によれば、クマは魔王岳の中腹から、登山口に向かって猛スピードで駆け下り…男性が気付いた時には、すでに興奮状態。
必死に逃げたが、背後から襲われた。
とっさに身を守ったものの…爪による攻撃で左肩から脇腹、そして左ひざに深い傷を負った。
現場に、医療施設がなかったため、妻とタクシーに乗って10キロ以上離れた診療所に向かった。
命はとりとめたものの、“大きな釘で打たれたような激痛が走った”と、男性は後に語った。

そもそも魔王岳に現れたのはどんなクマなのか?
日本に生息するクマは二種類。
北海道に分布するヒグマと、本州と四国に分布するツキノワグマだ。
今回、魔王岳に現れたのはツキノワグマ。
平均的な個体で体長は110~130センチ、体重はオスが80キロ程度、メスはやや小さく50キロ程度。
立ち上がると150~170センチほどの身長になる。
雑食だが、主食は植物。
ドングリなどの木の実や木イチゴ、山菜などを好む。
しかし何より、驚くべきは走るスピード。
100m10秒を切るウサインボルトが、最高時速、約45キロなのに対し…ツキノワグマの最高時速は、実に50キロ。
そう、あのボルトですら、逃げ切ることは不可能なのだ!

魔王岳の登山口付近で男性を襲った、ツキノワグマ。
しかし、悲劇はこれで終わらない。
最初の現場から登山道を少し登った地点が…次の惨劇の舞台となる。
襲われたのは、女性の登山客だった。
ちょうどその頃、登山道をさらに登ったあたりで、3人の登山客が、魔王岳の頂上を目指していた。
そこで、「クマだー!クマが出たぞー!」という叫び声が聞こえてきた。
この付近でクマが目撃されるのは、年に2・3回程度、決して多くはない。
しかも戦後この地で、人的被害は起こっていなかった。
よって自治体も注意を喚起せず、彼らのような常連の観光客でも、出没など想像すらしていなかった。

男性は、友人の制止も聞かず、悲鳴が聞こえた方へと向かった。
そこで目にしたのは…クマに襲われている女性。
周りにいた観光客は、石を投げるなどして女性を助けようとしていた。
男性も石を投げた。
しかし、クマは一向に攻撃をやめない。
そこで、持っていた杖でクマを殴りつけた。
すると…クマが反撃!
頭上から前脚を振り下ろした。
この一撃で…彼は右目と上の歯を失った。
さらに…クマは左腕に噛み付いた。
必死に杖で抵抗、しかしクマが噛んだまま頭を振ったため、左腕がちぎれそうになった。
次第に意識が遠のいていく…。
みな、何とかしなければと思いながらも、攻撃したら今度は自分がやられてしまうという、恐怖にかられた。

一方、銀嶺莊の小笠原さんは、クマが出たという声を聞いて、観光客に避難するように指示。
長年この地に住み、年に2、3度はクマの出没を確認していた小笠原さん…いざという時の事は、常に頭の中にあった。
しかし、人を襲っている所を目にしたことはない。
それでも…クマに至近距離まで近づき、注意を向けるために大声を出し、手を叩いた。
すると、次の瞬間!
クマが小笠原さんと従業員の青木さんに向かって走ってきた。
青木さんが逃げる途中、ロープに足を引っかけ転倒してしまう。
そして、最悪の事態が…クマが…アゴに噛みついたのだ。
小笠原さんはクマの注意を自分に向けようと、必死に手を叩いた。

青木さんから離れたクマは、小笠原さんを襲撃!
一旦は左手でガードしたが…もう一方の前足を振り下ろされ、顔面に一撃を食らった。
小笠原さんをはじめ、助けようとした者が返り討ちに遭う状況が続き、周囲もうかつに手が出せない。
一方、バスターミナルに駐在している環境パトロール員は、軽トラに乗り…クラクションを鳴らし続けたが…クマは襲うのをやめようとしない。
その時…徹さんが、クマを蹴りつけた!
何度も、何度も。
徹さんが当時の心境を語ってくれた。
徹さん「その時にクマが覆いかぶさっている状態で、何も持っていっていなかったので、クマを蹴ってどかそうと。それでもびくともしなかったですけど、固い岩に皮を被せたものを蹴っている感じで、足がすごい痛かったのを覚えています。」

すると、今度はクマが徹さんに牙をむいた。
クマが徹さんを襲おうとした、まさにその時、環境パトロール員が乗った軽トラックがクマと徹さんの間に割って入った!
その隙を見て徹さんが父親を救出。
バスターミナルの建物では、1Fの一室を急遽 臨時の救護室として使用することにして、小笠原さんや他の負傷者を収容。
しかし、医師や看護師がいないため、応急処置しかできない。
救急車は要請したが、なにせ日本一高いところにあるバスターミナル…到着までは時間がかかるようだった。

しかし恐怖はこれで終わらなかった。
軽トラックへの攻撃をあきらめたクマが、次に向かったのは…駐車場の近くにある、パトロール員の詰め所だった。
実はここに、3人の職員が逃げ込んでいたのだ。
中にいた3人のうち、2人は命からがら逃げ出し、もう1人は窓から飛び降りた。
そして…軽トラックを運転していた環境パトロール員が、詰所のドアに車を横付けし、クマを中に閉じ込めることに成功!
警察を通じ、猟友会へ救援を要請した。
暴走したクマによる一連の悲劇に、これで終止符が打たれる。
現場にいた人はみな安堵した…だが、次の瞬間!
クマが窓を突き破り、逃走!

作戦は失敗に終わった。
そして…クマは、多くの観光客や負傷者が避難していた、バスターミナルの建物に向かって突進していった!
そこには当時、100人近い人がいた。
バスターミナル館内では、熊が現れた時から…従業員が、避難してきた大勢の観光客や登山者らを迅速に誘導。
正面玄関には、椅子やテーブルでバリケードを築いた。
熊が暴れているとは知らず、タクシーでやってきたり、登山道から下りてくる人が随時避難しにきていたため、シャッターは下ろせず、苦肉の策でバリケードを作っていたのだ。

この場に居合わせたバスの女性運転手も、観光客を守るために一緒にバリケードを作っていた。
乗鞍岳一帯は、自然を守るためにマイカーの通行が規制され、タクシーやシャトルバスがそのアクセスを担っている。
それだけに、彼女は観光客の安全に責任を感じ、彼らを守りたいという気持ちが強かった。
さらに、女性客の1人が…看護師だと名乗り出てくれた。
皆が一丸となって、この危機を乗り越えようとしていた。

そんなバスターミナルの建物に、突進してくるクマを見て、従業員がシャッターを閉めようとした瞬間!
クマがバリケードを突破、建物内に侵入してきた。
なおも興奮状態で走り回る。
クマがバス運転手の女性を引きずり倒した。
従業員がモップで力一杯叩く。
すると、今度はその従業員を襲撃。

彼から離れたクマは、尚も走り回る。
この建物は2階建てで、一階に軽食コーナーとお土産ショップ、2階にはレストランがあった。
猟友会に救援は要請したものの、彼らがいるのは1時間以上も山を下りた先。
連絡がすぐとれるとも限らない。
また例え到着しても、大勢の人がいる場所でクマを射殺するとなれば、危険が伴う。
クマによる未曾有の大パニック。

しかし、一つ大きな疑問が生じる。
それは…そもそもなぜクマが、無闇やたらに人を襲い始めたのか? ということ。
本来ツキノワグマは臆病でおとなしい動物…にも関わらず、クマは最初から、すでに興奮状態にあった。
一体何故か?
そもそもツキノワグマにとって、二足歩行の人間は見上げるほど大きく、しかも集団で行動する怖い存在。
よって彼らは本能から、人間との接触を避けようとする。
しかし何らかの理由で、人間との闘争が必要だと感じた場合のみ襲いかかるという。

野生動物と人との関わりを研究する、森元氏はこう語る。
「一般的には山地で遭遇する場合は子連れのメスの方が危険だとされています。子供を守るために攻撃的になるから、危険であると言われています。」
しかし、今回人を襲ったツキノワグマは、のちにオスと判明している。
ゆえにこの理由は当てはまらない。
他に、人間の食べ物の味を覚えたクマが、人里まで下りてきて人と遭遇、襲ってくるケースも多い。
しかし 乗鞍の場合は、国立公園ということもあり、自然を守ろうと環境パトロール員が常に監視の目を光らせている。
ゴミが出ないようにしているため、クマが人間の食べ物の味を覚えることもない。
実際、今回 悲劇を起こしたクマが人の食べ物を狙った形跡はない。
では一体なぜ、あのクマは突如人を襲ったのか?

今回の事故を詳細に調査・分析した報告書の中に、あのクマの異常な行動の謎を解く鍵となる、極めて重要なバスドライバーの証言があった。
それは、登山道の入口付近で最初の被害者が襲われた時刻の、10分ほど前のこと…
14時10分。ドライバーは畳平発、長野方面行きのバスを運転、前にもう一台、別のバスが走っていた。
スカイラインの分岐点にさしかかった時のことである。
右に見える大黒岳からクマが興奮した様子で、駆け下りてくるのを目撃した。
『クマは前を走るバスと、当バスの間に突進してきて、前のバスに接触すると立ち上がりバスに攻撃を加えた。』
重要なのは…この時、既にクマは興奮状態だったということ。

さらに運転手はこうも語っている
『大黒岳の頂上付近には、他に観光客がいるのも目撃した。』
この様な状況を踏まえて、森元氏はある仮説を立てた。
それは最初の被害者が出た魔王岳の登山口から、1キロ程離れた所にある大黒岳頂上付近で、今回の事件のきっかけとなる出来事が起こったのではないかというもの。
大黒岳頂上付近にいたクマは、恐らく風上にいて、人間の匂いに気づかなかったと思われる。
そして、クマと遭遇した観光客が驚いて大声を出す。
突然人に大声を出され、パニックに…走って斜面を逃げ下りた先が、バスが走るあの道路だった。
そこで、バスと接触!
さらに…運転手の目撃情報によれば、その後クマは現場近くにあった駐車場の鉄柵に頭から突っ込み、胴体が挟まって身動きがとれなくなったという。
もがいているうちに体は抜けたものの、もはやパニック状態!
斜面を走り下りた先こそが…最初にクマが人を襲った場所だったのではないか。

今回の事故のきっかけとされる、大黒岳の頂上付近で発生したようなケースがもし我々の身に起こったら、一体 どうすればいいのだろうか?
森元氏は、こう話してくれた。
「通常の場合は、会ってしまった時は相手が先に逃げていく事が多いと思います。相手が逃げない場合は、相手を刺激しないように背を向けないように攻撃を誘発しないように、ゆっくりとその場を離れる。来た道を戻るという対応をするのがいいと思います。」
では、クマとの遭遇自体を回避する、最良の策とは何なのだろうか?
クマの方は人を避けていますので、人の方もクマの存在を想定して、クマが人を避ける手助けというのをしっかりとやっていく環境にしていった方が良いと思います。具体的な手としては鈴を持つ、音の鳴るような物を持つなど簡単な対策ですので、それをするだけでも事故の可能性はかなり減らすことができると思います。」
もしそういったものがない場合は、歌を歌うのも効果的。
音を発し人間がいることをクマに知らせることが重要だという。

しかし今回、大黒岳から現れたクマは不幸な偶然が重なり、手がつけられないほど興奮していた。
そして…行く手に現れた人間が大声を出したことで、彼を敵と見なし、襲ったのだ!
では興奮したクマと遭遇した場合、対処法はあるのだろうか?
森元氏は、こう話してくれた。
「すでにそういう攻撃的なクマが出来上がってしまっていたので、初めに襲われた方は出来ることは、残念ながらなかったかなと思います。」
その後も、襲われている人を助けようと、次から次へと人が攻撃してくる。
クマの興奮が、静まるはずはない。

大勢の人が避難していた、バスターミナルに侵入してから15分。
興奮度はさらにエスカレート。
そんなクマが次に向かったのは、建物一階の左端にあった、臨時の救護室だった。
そこには小笠原さんだけが残っていた。
他の負傷者を先にドクターヘリに乗せ、自分は最後でいいと残っていたのだ。
しかしドクターヘリは、いつ戻ってくるかわからない。
やむなく徹さんは父を銀嶺荘の車に乗せ病院へと搬送。
途中、鉢合わせた救急車に預けた。

依然、クマは建物1階の左側で暴れていた。
この時、2階のレストランでは…1人の従業員が打開策を見出せず悩んでいた。
すると、そこへ…観光客が消火器で殴ったらどうかと提案してくれた。
しかし振り回すには重すぎる。
そこで…彼は消化器を手に、クマのいるところへ乗り込んだ。
そして…消火器をクマに向けて噴射!
驚いたクマは、隣接するお土産店へ逃げ込んだ。
ここには、軽食コーナーと店とを仕切るシャッターがあった。
それを閉めることで、クマを閉じ込めたのだ。
最初に人を襲ってから、40分後のことだった。

それから3時間後、ようやく猟友会が到着。
そして…クマは射殺された。
死者は出なかったものの、後の公式発表では負傷者は10名にのぼった。
クマは、解剖の結果、21歳と高齢のオス。
遺伝的な異常は無く、胃や腸の内容物から、数時間前まで高山植物であるハイマツの実などを食べていたことが判明。
また、人が持ち込んだ残飯などを食べた形跡がないことも明らかとなった。

一方、襲われている登山客と、従業員を守るため、クマと対峙した小笠原さんは…幸い 命に別状はなかったが…120針を縫う手術をした。
自分を救ってくれた、息子徹さんへの思いを話してくれた。
「ちょうどここで怪我した時に、救急車の台数が少ないものですからうちのワゴン車で(山を)下りたんですよ。その時にうちの従業員が私と息子を乗せて行ったんですが、『なんでお前あんなバカな事をした』って聞いたら『親父が死にそうだったから』って言って。その時のことは感謝しています。それも普通の自然な事だと思います。多分息子は僕じゃなくてもやったと思います。」

実は小笠原さんにとって、嬉しいことが。
当時22歳だった、徹さんは将来の仕事を決めかねていたのだが…この事件をきっかけに銀嶺莊を継ぐ決意をしてくれたという。
徹さんは、こう話してくれた。
「その時逆に決心というか…親が死んじゃったらどうしようというのもあったし、親父がこうなったら働けないだろうと思ったんで、僕がやるしかないというのがあって、親の会社ですし、僕が守っていかないといけないというのが強くなってより一層ここ(銀嶺莊)で勤めないといけないというのが、そこで固まったっていうのもあります。」

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