年初めに、浅草橋に場所を移した「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」に息子と行ってまいりました。純度100パーセントの暗闇の中で、様々なアクティビティを体験する。アテンドしてくださるのは、視覚障がいの方。
もう4度目になるのかしら。
毎度違う感慨・発見があるのが、ダイアログの魅力です。
誰と行くかによっても、変わる。
初めましてのメンバー13人でいざ真っ暗闇に入ります。
目が、、いたいっ!が息子の第一声。最初きんちょうしないよと強がってはいたものの、わたしの手を握りしめ、腕につかまって進んでいたのに、5分後にはもう別行動。さすが子どもの好奇心です。
普段からニコニコしている息子ではありますが、声だけの世界になっても、このヒトごきげんだなと思う。笑。これはどう、あれはどう?と提案し合う声を聞いて、いつのまにあんなに人との関わりを学んだのだろうと、胸が熱くなりました。そして、周りのオトナたちも、ありがたいことに子どもの心をそのまま受け止めてくださっている。
自我が強くて譲れないこともあるので、学校では友達との関わりに悩むこともしょっちゅうあるのに、普段正しさで縛って、わたしが見ようとしていないこともあるのかもしれない。
一方、わたしたちのグループに入ってくれていたお子さんも、触れたり味わったり、その度に素直に、おいしいなぁ、いいにおいだなぁ、苦いなぁ、、。と言葉にしてくれ、そのおかげで、わたしも感覚にアクセスしやすくなりました。論理立てて考えることは多いけど、どう感じる?って普段自分に問うてないのだな。
息子の入ったグループは、真っ暗闇で書き初めをしていました。もちろん、勘を頼りに書くわけですが、、、明るいところに戻って、作品を手渡され、またひと盛り上がりしました。あれ、こんなはずでは?字のつもりが犬の絵になってる?など、不意な偶然の産物が楽しい。
しかし、お隣の女性は、見事に「花」としたためていらして、思わず、すばらしいですね!と声をかけました。実は書家なんですよと聞いて、深く感動しました。プロって、こういうことなんだな、と。
視覚以上に、心の目がある。身体がミリ単位で、無意識に正確に動くくらいまで、何度も何度も同じことを繰り返して、練習してきたからこそ。
そして、毎度違うアクティビティを体験させてくれるアテンドの方々も、さぞかし、おもてなしの練習をしてくださっているのだろうと思います。日々がチャレンジに満ちているのだろうなぁ。そして、自分のもつ力を活かし切る、使い切ることを、全身で教えてくれるのです。
ダイアログで得る感覚は、体験してこそしか生まれないと痛感します。目以外の全ての感覚が開いていく感じ。声や肌の温度。足の裏。湿度。まとう空気の質感。
書いていると、また、、、味わいたくなる自分がいます。
そして、様々な障がいや年齢に対する勝手なものさしが、心の中で溶け、別のものに書き換えられるのです。
何かが足りないかわいそうなひとではない。違う豊かさもあれば、違う大変さもあって、もちろん同じこともたくさんある。お互い手を貸してほしいところに貸しあえればいいし、ないものを数えるより、あるものを使い切る、その方が大事なんじゃないかと。
わたしは使い切ってるのか?と自問自答をしつつ、、、。
2020年のパラリンピックを前に、ダイアログは、人の意識を楽しく変える起爆剤になるのではと思います。