今日は日本エイズ学会の市民公開講座に、司会としてお招きいただきました。
かつて、世界の貧困国で暮らす子どもたちを取り巻くHIV・エイズの事情を取材するなかで、日本の現状に目をつぶるのは、何も見ていない、知らないことだなと痛烈にぶちあたったのですよね。
なんとかして当事者の声を聞き、届けたいと思ったのが、取材の原動力でした。
あのとき、わたしに惜しみなく力を貸してくれ、引っ張ってくれたディレクターや、取材の窓口になってくださり、HIVエイズの日本における事情を教えてくださった方、実際に勇気を出して取材を受けてくださった方には、いまも特別な気持ちがあります。
なのに、最近すっかり遠ざかっていたところへ今回のご縁をいただき、もう一度勉強し直す機会となりました。
この分野の第一人者の医師の話を聞いて思ったのは、
医療は革命的に進歩した。
でも、社会の認識が変わらない。
わたしが取材をしていた10年前に比べても、薬の進化はめざましく、何をもって普通というかはそれぞれですが、あえて使うと、いたって普通に、自分らしく人生を生きていくことができる、仕事も学校も、子どもも、孫も持てる病気。
なのに、その病気を大事な人に伝えたり、人に知られることを恐れるということは、変わっていない。
または、老後、介護が必要になっていくときに、対応を拒否されるケースなども。
医療的に困難な病気でなく、社会的に困難な病気であることに変わりないのですね。
矛盾するかもしれませんが、医療が格段に進化して、死への恐れはセンセーショナルなるなものでなくなった。一方で、目に見えにくい偏見が根強いからこそ、取り上げ方も難しく、伝わりづらくなっているのかもしれません。
こう書いても、なかなか四角四面で、これまた伝わりにくいですよね。
今日も、久しぶりにお会いした、かつて取材を受けてくださったメンバーの、なんだかんだ、幸せよぉというあの笑顔を見ると、たまたま病気がHIVであるというひとりの人なのだと、いや、そんなことを取り立てて意識することもない存在なのだと思うのです。
でもね、幸せと感じられるかどうかって、結局、孤独に陥っているかどうかによるのよ、と。
病気のことを誰かに話せたり、支え合う仲間がいたり、、、佐々木さんも前は、孤独だ孤独だって、、、言ってたわねぇと、荒くれていた時期のことをお互いに思い出して笑ったりしたのでした。
輪郭をもった、肉体とパーソナリティをもった人として知ると、ものすごく垣根がなくなる。これは、どんな類の偏見にもまつわる共通のことだと思います。
とはいえ、社会の意識の前進がないと、当事者たちが無防備に可視化されることは難しい。
ひとつ、新たな視点を医師に教えていただいたので、最後に記しますね。
これから、病院もどれだけたくさんのHIV陽性者の治療を行っているか、ひとつの指標になる。それは、感染症対策も万全で、プライバシーも守られる、いい病院であることになるのだから、と。