桜満開の3月末、大大大親友を亡くしました。
それも、何の予兆もなく、突然。
幼稚園時代からの無二の親友で、
毎日どちらかの母が二人分同じお弁当を作って持たせて食べるという
まさに姉妹か親戚かという仲だっただけに、
彼女を失ったダメージはあまりに大きく
今までブログもアップする気が全く起きませんでした。
気持ちは遺族。
喪に服していた感じの数週間でした。
頻繁に会っていなくても互いに心の支えにしていただけに、
心がグラグラになって、ヤル気も思考もほぼ停滞していました。
それでも待ってくれないのが育児と仕事。
でも逆にそのノルマがあるから否が応でも頑張らねばならず、
まともな人間生活を送ろうと努力したと言えるかもしれません。
事実を受け止めたくない自分もいて、
彼女はどこか遠くで生活していて、なかなか会えないだけなんだと自分に思い込ませることにして、
気持ちを沈めて生活することにしました。
そうしたら、少し色々なことに取り組めるようになってきました。
そんな矢先、道路のL字溝の隙間から逞しく咲いているスミレの花を発見しました。
紫の小さな姫君。
過去にニュースで取り上げられたド根性大根を思い出し、
“ド根性スミレ”と命名。
しかも咲いている場所が、近隣住民のゴミ集積場所なんです。
ささやかに、でも逞しく咲くスミレに
「生きるとは何ぞや」を日々問われているような気がしています。
残りの人生、彼女の分まで精一杯、一生懸命生きよう。
ド根性スミレを見ると、
頑張らなきゃいけないという力が湧いてきます。
もし叶うなら
鈴木雅之さんで知られる
「夢で逢えたら」の歌詞のように、
まぶたを閉じ、夢で逢えたら……と願いながら。