20年前の今日。
3月20日。
地下鉄サリン事件のあった日。
あの日、みなさんはどのように過ごしていましたか。
私はドキドキの就職活動の初日でした。
赤坂にあるテレビ局のアナウンサー採用試験。
ただでさえ不慣れなことにチャレンジするのだから、起きてすぐからお腹が痛い〜なんて思っていたら、
都心で何か大変なことが起こっているらしい!となり、朝からパニック。
松本サリン事件の後ゆえ
「サリンではないか」と母が心配して、出掛けるのを止められるも、
若気の至りといいましょうか。
「試験を受けなければ、落ちるものも落ちられない!」と説得し、母の心配を押し切り家を出たのです。
何とか無事に試験会場に到着して面接ブースに入るも、面接官の椅子の一つが空っぽのまま。
そう、その椅子には報道か情報のスタッフ、或いはアナウンサーが座るはずだったのでしょう。
突然弾けて(有事が起きて)戻って来られなくなったのだと思います。
この時から、メディアで働くということはこういうことなんだ。
有事の時には最悪の場合、親の死に目にも会えないこともあるかもしれないと、ずーっと心していたような気がします。
私の仕事に対する責任感や価値観は、この時に植え付けられたものも大きいかもしれません。
面接後、学校に戻ってからもテレビに釘付けで、
自分のいた赤坂から隣の隣の駅の霞が関で大惨事が起きていたと知り、ゾーッと背筋が凍る思いがしたのを覚えています。
今日はその地下鉄サリン事件を大きく振り返る番組や紙面が沢山ありました。
メディアの担う責任や役割とは何なのか。
事あるごとに思い出していた“あの気持ち”をより強くなぞった1日でした。